応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
下原周重伝(fss-811) 【作品解説】 本作はNTHK鑑定において下原派と極められた一振りです。渦を巻くような独特の肌合いは「渦巻肌」あるいは「下原肌」と呼ばれ、本作にはその特徴が顕著に表れています。また、下原刀に見られる黒味を帯びた地鉄も、同派の特色をよく示しています。下原派は優れた刀工を輩出したことで知られる名門です。 本作は平造りとしては珍しく長寸で、打刀に近い体配を誇り、両面に施された棒樋が姿を引き締めています。種別としては大脇差となりますが、手持ちは軽くバランスに優れ、見た目・手応え共に打刀を彷彿とさせます。 刃文は湾れを基調とした大互の目で、砂流しや金筋などの働きが豊富に見て取れます。渦巻くような板目に木目が交じる「渦巻肌」は見応え十分です。茎(なかご)の形状も下原派の教科書通りであり、極めの決め手となっています。同派の祖に近い極めを持つ、希少かつ個性に溢れた名品です。 刀身は白鞘に収められておりますが、元来この刀が収まっていた格調高い軍装一式が付属します。柄には竹をモチーフとした家紋の飾りが施されています。 【下原派の歴史】 下原派は室町時代後期の永正(1504年)から享禄(1528年)頃、武蔵国多摩郡下原(現在の東京都八王子市)にて、山本氏の一族である但馬守周重によって興されました。周重は当初、山内上杉氏の重臣・大石定久に抱えられ、後に八王子城主・北条氏照の庇護を受けました。本作はその周重の系譜(伝)と鑑定されています。 天正18年(1590年)の小田原征伐により北条氏が滅亡した後、徳川家康が江戸に入城すると、下原鍛冶は徳川家の御用鍛冶として取り立てられました。彼らは慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いや、慶長19年(1614年)の大坂の陣においても刀剣を供給しました。江戸時代を通じて山本一族は十家もの分家に分かれ、門弟を含めると約165名の刀工がいたと推定されており、現在でも国内に約5,000振の作品が現存しています。 新刀期の下原刀には、三本杉や瑞簾刃、富士山を模した富士山腰の刃など、華やかな刃文が多く見られます。また彫物にも長じていましたが、天明(1780年頃)以降の作刀は極めて少なくなります。 周重や周広は、鎌倉相州伝の継広や、小田原の初代正照(正利)に学んだとされています。そのため、下原派は相州伝を基調としつつ、伊勢の千子派(生ぶ茎が村正のようなたなご腹形となることが多い)、島田派、小田原相州派などの影響を強く受けています。本作の力強い地肌にも、そうした相州伝の趣が感じられます。一方で、匂本位の刃文構成は後年の作風を示唆しており、同派が時に主張する「正宗直系」という説については、作風から見れば再考の余地があるかもしれません。 本作の長さ、地肌、そして茎の形状を総合的に鑑みると、古刀期の趣が強く感じられます。単なる「伝」に留まらず、周重本人の手による作刀である可能性を十分に示唆する一振りです。 【諸元】 銘:無銘 時代:古刀(1500年代) 長さ:二尺二寸一分強(約56.5cm) 反り:17.0 mm 元幅:29.9 mm 元重:6.0 mm 造り:平造り 棟:庵棟 茎:生ぶ 鍛え:板目に木目交じる 刃文:乱れ互の目 帽子:丸 状態:研ぎの状態は良好です 最新情報をご希望の方はこちら Nihonto Antiquesのメーリングリストに登録して、最新の入荷情報やニュースを受け取りませんか。 【登録する】 ご登録ありがとうございます。 お客様のメールアドレスは厳重に管理され、当サイトからの更新情報の送信のみに使用されます。





新刀 · 武蔵
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下原派は武蔵国八王子の地に拠った刀工の一群で、室町末期に興り、以後江戸末期に至るまで作刀を続けた。古刀期の武蔵国を代表する鍛冶とされ、説示では周重・康重・照重・広重の四工を著名な工として挙げる。なかでも照重は康重・広重と並んで一派を代表する存在で、山本源二郎照重、山本与五郎康重のように山本姓を称した工も知られる。照重については銘鑑が初代を享禄、二代を永禄、三代を天正に充てており、永禄から天正の頃の作がもっとも時代の上がるものと鑑せられている。甲州の注文に応じて鍛えた薙刀も伝わり、地方を越えて求められた様子がうかがえる。 作風は末相州および村正一派の風に末関風を加味したものと説かれる。鍛えは板目に杢がしきりに交じって肌立ち、刃寄りが流れて綾杉風となり、渦を巻いたような肌があらわれる点に地がねの特色がある。刃文は湾れを基調に互の目が二つ三つ連れて尖り刃を交え、やや規則的に乱れて小沸がつき、砂流しのかかるものもある。帽子は乱れ込んで丸く返るものや先の尖って返るものがみられる。細かに肌立った杢目の地がねと、規則的に連れる互の目乱れにのたれを交えた刃文の組み合わせが、この一派を見分ける手がかりとなる。 鑑定にあたっては、肌立った地がねに綾杉風の流れと渦巻く肌があらわれること、互の目が規則的に連れて乱れる刃文の調子を要点とする。彫物では表に棒樋を掻き、倶利迦羅竜や不動、梵字を添えるものが多く、倶利迦羅竜の尾の巻き方に一派らしさが出るとされる。茎は栗尻に切鑢を施し、棟寄りに長銘を切るものが多い。室町末期の打刀や薙刀を代表する優品が重要刀剣に列せられており、照重の薙刀は両刃造という珍しい形状を伝える。武蔵国の在地鍛冶として実用に応えつつ、相州と関の風を併せ呑んだ独自の地刃を築いた点に、下原一派の位置づけがある。 詳しく見る →
室町時代
応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
NTHKの中心的な鑑定書で、相応の出来を備えた作に発行されます。在銘作は銘の正真を、無銘作は審査員による刀工・流派の極めを示します。点数を記す詳細な審査表が付されます。
NTHK(日本刀剣保存会)は、NBTHK(1948年設立)に先立つ1910年に創立された、日本で最も古い刀剣鑑定団体です。長く会を率いた会長の没後、NTHKとNTHK-NPOの二つに分かれ、いずれも審査を続けています。NTHKの鑑定書は、点数と審査員の所見を併記する詳細な審査表が特徴で、特に無銘作の極めに定評があります。
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