江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
武蔵太郎安国 真十五枚甲伏作 流派:下原 時代:元禄(1688-1704年) 鑑定:日本美術刀剣保存協会(NBTHK)特別保存刀剣 銘: (表)武蔵太郎安国 (裏)真十五枚甲伏作 刀工大鑑評価:350万円 藤代評価:上作 種別:脇差 長さ:54.8 cm(一尺八寸一分弱) 反り:1.2 cm 形状:鎬造、鳥居反り 切先:中切先(長さ 3.4 cm) 棟:庵棟 重ね:7 mm 元幅:2.9 cm 先幅:2.2 cm 茎状態:生茎 茎形状:標準、入山形尻 目釘孔:二個 鑢目:筋違 刃文:小沸出来の互の目乱れ。箱乱れ風の刃を交え、足、砂流し入る。焼き出しは控えめで、本工の特徴である水影が立つ。 帽子:乱れ込み、返り浅い。匂口明るく働きあり。 鍛え:板目肌立ち、鍛え肌流れてよく現れる。柾目交じり、地沸厚くつく。 【解説】 本作は武蔵太郎安国の白眉といえる脇差で、見事な肥後拵が付随しております。安国は元禄頃(1688-1704年)に最も活躍した下原鍛冶の名工であり、藤代上作、刀工大鑑では350万円の評価を得ています。慶安3年(1650年)生まれ、俗名を山本藤太。藤田広重の子であり、山本金左衛門広重の孫にあたります。武蔵国八王子に住し、大村加卜に師事。水戸藩主・徳川光圀や、江戸の戸川道富の注文打ちを拝命したことでも知られます。 安国の大きな特徴として、茎に独自の鍛錬法を刻むことが挙げられますが、本作もその一例です。裏銘には「真十五枚甲伏作」とあり、鋼を十五回折り返し鍛錬した甲伏せ造りであることを示しています。享保15年(1730年)、81歳で没。本作は生茎で、傷のない極めて健全な一振りです。重ねは8mmと厚く、僅かに古い錆跡が見受けられますが、全体として研ぎの状態も良く、当時の姿をよく留めています。 拵は「隠し」の仕掛けが施された特注の肥後拵です。鞘の内部には取り外し可能なライナーがあり、真鍮製の蝶番が付いた隠し金入れ(銭入れ)が仕込まれています。柄の鮫皮は保存状態が良く、黒革の柄巻が精悍な印象を与えます。 縁頭は西垣派の手による古肥後の名品。目貫は赤銅地で細川家の家紋を配しています。鉄地透しの鍔は松の図。鉄地の小柄と割小柄が備わり、 shibuichi(四分一)地の小尻には、赤銅・銅・金象嵌を駆使した般若の高彫が施されています。 この拵自体が一つのコレクションとしての価値を有しており、江戸時代の富裕層がどのような美意識を持ち、また有事に備えていかに隠し財産を携行していたかという歴史的背景を物語っています。 ツナギおよび鞘袋にも伝来に関する記載があり、ツナギの茎には、昭和55年(1980年)に武蔵の桜橋付近にて「清水清一」家のために製作された旨の墨書がございます。






































新刀 · 武蔵
現在13点販売中
下原派は武蔵国八王子の地に拠った刀工の一群で、室町末期に興り、以後江戸末期に至るまで作刀を続けた。古刀期の武蔵国を代表する鍛冶とされ、説示では周重・康重・照重・広重の四工を著名な工として挙げる。なかでも照重は康重・広重と並んで一派を代表する存在で、山本源二郎照重、山本与五郎康重のように山本姓を称した工も知られる。照重については銘鑑が初代を享禄、二代を永禄、三代を天正に充てており、永禄から天正の頃の作がもっとも時代の上がるものと鑑せられている。甲州の注文に応じて鍛えた薙刀も伝わり、地方を越えて求められた様子がうかがえる。 作風は末相州および村正一派の風に末関風を加味したものと説かれる。鍛えは板目に杢がしきりに交じって肌立ち、刃寄りが流れて綾杉風となり、渦を巻いたような肌があらわれる点に地がねの特色がある。刃文は湾れを基調に互の目が二つ三つ連れて尖り刃を交え、やや規則的に乱れて小沸がつき、砂流しのかかるものもある。帽子は乱れ込んで丸く返るものや先の尖って返るものがみられる。細かに肌立った杢目の地がねと、規則的に連れる互の目乱れにのたれを交えた刃文の組み合わせが、この一派を見分ける手がかりとなる。 鑑定にあたっては、肌立った地がねに綾杉風の流れと渦巻く肌があらわれること、互の目が規則的に連れて乱れる刃文の調子を要点とする。彫物では表に棒樋を掻き、倶利迦羅竜や不動、梵字を添えるものが多く、倶利迦羅竜の尾の巻き方に一派らしさが出るとされる。茎は栗尻に切鑢を施し、棟寄りに長銘を切るものが多い。室町末期の打刀や薙刀を代表する優品が重要刀剣に列せられており、照重の薙刀は両刃造という珍しい形状を伝える。武蔵国の在地鍛冶として実用に応えつつ、相州と関の風を併せ呑んだ独自の地刃を築いた点に、下原一派の位置づけがある。 詳しく見る →
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト3 day inspection period on all sales. Items can be returned for any reason for a full refund, less return shipping cost. Returned items must be in the same condition as when purchased.
武蔵太郎安国 真十五枚甲伏作 流派:下原 時代:元禄(1688-1704年) 鑑定:日本美術刀剣保存協会(NBTHK)特別保存刀剣 銘: (表)武蔵太郎安国 (裏)真十五枚甲伏作 刀工大鑑評価:350万円 藤代評価:上作 種別:脇差 長さ:54.8 cm(一尺八寸一分弱) 反り:1.2 cm 形状:鎬造、鳥居反り 切先:中切先(長さ 3.4 cm) 棟:庵棟 重ね:7 mm 元幅:2.9 cm 先幅:2.2 cm 茎状態:生茎 茎形状:標準、入山形尻 目釘孔:二個 鑢目:筋違 刃文:小沸出来の互の目乱れ。箱乱れ風の刃を交え、足、砂流し入る。焼き出しは控えめで、本工の特徴である水影が立つ。 帽子:乱れ込み、返り浅い。匂口明るく働きあり。 鍛え:板目肌立ち、鍛え肌流れてよく現れる。柾目交じり、地沸厚くつく。 【解説】 本作は武蔵太郎安国の白眉といえる脇差で、見事な肥後拵が付随しております。安国は元禄頃(1688-1704年)に最も活躍した下原鍛冶の名工であり、藤代上作、刀工大鑑では350万円の評価を得ています。慶安3年(1650年)生まれ、俗名を山本藤太。藤田広重の子であり、山本金左衛門広重の孫にあたります。武蔵国八王子に住し、大村加卜に師事。水戸藩主・徳川光圀や、江戸の戸川道富の注文打ちを拝命したことでも知られます。 安国の大きな特徴として、茎に独自の鍛錬法を刻むことが挙げられますが、本作もその一例です。裏銘には「真十五枚甲伏作」とあり、鋼を十五回折り返し鍛錬した甲伏せ造りであることを示しています。享保15年(1730年)、81歳で没。本作は生茎で、傷のない極めて健全な一振りです。重ねは8mmと厚く、僅かに古い錆跡が見受けられますが、全体として研ぎの状態も良く、当時の姿をよく留めています。 拵は「隠し」の仕掛けが施された特注の肥後拵です。鞘の内部には取り外し可能なライナーがあり、真鍮製の蝶番が付いた隠し金入れ(銭入れ)が仕込まれています。柄の鮫皮は保存状態が良く、黒革の柄巻が精悍な印象を与えます。 縁頭は西垣派の手による古肥後の名品。目貫は赤銅地で細川家の家紋を配しています。鉄地透しの鍔は松の図。鉄地の小柄と割小柄が備わり、 shibuichi(四分一)地の小尻には、赤銅・銅・金象嵌を駆使した般若の高彫が施されています。 この拵自体が一つのコレクションとしての価値を有しており、江戸時代の富裕層がどのような美意識を持ち、また有事に備えていかに隠し財産を携行していたかという歴史的背景を物語っています。 ツナギおよび鞘袋にも伝来に関する記載があり、ツナギの茎には、昭和55年(1980年)に武蔵の桜橋付近にて「清水清一」家のために製作された旨の墨書がございます。






































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下原派は武蔵国八王子の地に拠った刀工の一群で、室町末期に興り、以後江戸末期に至るまで作刀を続けた。古刀期の武蔵国を代表する鍛冶とされ、説示では周重・康重・照重・広重の四工を著名な工として挙げる。なかでも照重は康重・広重と並んで一派を代表する存在で、山本源二郎照重、山本与五郎康重のように山本姓を称した工も知られる。照重については銘鑑が初代を享禄、二代を永禄、三代を天正に充てており、永禄から天正の頃の作がもっとも時代の上がるものと鑑せられている。甲州の注文に応じて鍛えた薙刀も伝わり、地方を越えて求められた様子がうかがえる。 作風は末相州および村正一派の風に末関風を加味したものと説かれる。鍛えは板目に杢がしきりに交じって肌立ち、刃寄りが流れて綾杉風となり、渦を巻いたような肌があらわれる点に地がねの特色がある。刃文は湾れを基調に互の目が二つ三つ連れて尖り刃を交え、やや規則的に乱れて小沸がつき、砂流しのかかるものもある。帽子は乱れ込んで丸く返るものや先の尖って返るものがみられる。細かに肌立った杢目の地がねと、規則的に連れる互の目乱れにのたれを交えた刃文の組み合わせが、この一派を見分ける手がかりとなる。 鑑定にあたっては、肌立った地がねに綾杉風の流れと渦巻く肌があらわれること、互の目が規則的に連れて乱れる刃文の調子を要点とする。彫物では表に棒樋を掻き、倶利迦羅竜や不動、梵字を添えるものが多く、倶利迦羅竜の尾の巻き方に一派らしさが出るとされる。茎は栗尻に切鑢を施し、棟寄りに長銘を切るものが多い。室町末期の打刀や薙刀を代表する優品が重要刀剣に列せられており、照重の薙刀は両刃造という珍しい形状を伝える。武蔵国の在地鍛冶として実用に応えつつ、相州と関の風を併せ呑んだ独自の地刃を築いた点に、下原一派の位置づけがある。 詳しく見る →
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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