三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
商品詳細 保存刀剣 無銘(下原) ¥200,000 (税込)送料無料 購入のお問い合わせ 登録証 福島県 昭和29年1月13日交付 時代 安土桃山時代 法量 刃長:44.8cm(一尺四寸八分) 反り:1.06cm(三分五厘) 目釘孔:1個 元幅:30.0mm 先幅:23.9mm 元重:6.4mm 先重:4.3mm 刀身重量:456g 下原(したはら)は、室町時代末期から幕末にかけて武蔵国多摩郡恩方村周辺で栄えた刀工群です。古刀期における現在の東京都域で唯一の刀工集団として知られています。始祖・周重は永正から大永年間頃に同地へ移住しました。小田原北条氏の関東支配下において、周重の子は北条氏康より一字を賜り「康重」と名乗り、その弟である照重は北条氏照より「照」の字を授かったと伝えられています。 本作は無銘ながら下原と極められた脇差です。刃文は互の目を焼き、地鉄は杢目肌が立ち、所々刃寄りに柾が掛かります。姿は先反りがつき、中切先が延びごころとなる時代相を示しています。茎は下原特有のたなご腹に切り鑢を施しています。匂口の沈んだ肌物鍛えで、古刀期の下原物らしい独特の味わい深い一振りです。 白鞘付。鎺は赤銅着。 刀身の状態は、差裏の物打付近と差表の横手筋付近にスレ、切先に微細な捲れ、所々に石気が見られますが、ヒケは少なく概ね良好なコンディションを保っています。詳細は掲載写真にてご確認いただければ幸いです。


















































新刀 · 武蔵
現在13点販売中
下原派は武蔵国八王子の地に拠った刀工の一群で、室町末期に興り、以後江戸末期に至るまで作刀を続けた。古刀期の武蔵国を代表する鍛冶とされ、説示では周重・康重・照重・広重の四工を著名な工として挙げる。なかでも照重は康重・広重と並んで一派を代表する存在で、山本源二郎照重、山本与五郎康重のように山本姓を称した工も知られる。照重については銘鑑が初代を享禄、二代を永禄、三代を天正に充てており、永禄から天正の頃の作がもっとも時代の上がるものと鑑せられている。甲州の注文に応じて鍛えた薙刀も伝わり、地方を越えて求められた様子がうかがえる。 作風は末相州および村正一派の風に末関風を加味したものと説かれる。鍛えは板目に杢がしきりに交じって肌立ち、刃寄りが流れて綾杉風となり、渦を巻いたような肌があらわれる点に地がねの特色がある。刃文は湾れを基調に互の目が二つ三つ連れて尖り刃を交え、やや規則的に乱れて小沸がつき、砂流しのかかるものもある。帽子は乱れ込んで丸く返るものや先の尖って返るものがみられる。細かに肌立った杢目の地がねと、規則的に連れる互の目乱れにのたれを交えた刃文の組み合わせが、この一派を見分ける手がかりとなる。 鑑定にあたっては、肌立った地がねに綾杉風の流れと渦巻く肌があらわれること、互の目が規則的に連れて乱れる刃文の調子を要点とする。彫物では表に棒樋を掻き、倶利迦羅竜や不動、梵字を添えるものが多く、倶利迦羅竜の尾の巻き方に一派らしさが出るとされる。茎は栗尻に切鑢を施し、棟寄りに長銘を切るものが多い。室町末期の打刀や薙刀を代表する優品が重要刀剣に列せられており、照重の薙刀は両刃造という珍しい形状を伝える。武蔵国の在地鍛冶として実用に応えつつ、相州と関の風を併せ呑んだ独自の地刃を築いた点に、下原一派の位置づけがある。 詳しく見る →
三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品詳細 保存刀剣 無銘(下原) ¥200,000 (税込)送料無料 購入のお問い合わせ 登録証 福島県 昭和29年1月13日交付 時代 安土桃山時代 法量 刃長:44.8cm(一尺四寸八分) 反り:1.06cm(三分五厘) 目釘孔:1個 元幅:30.0mm 先幅:23.9mm 元重:6.4mm 先重:4.3mm 刀身重量:456g 下原(したはら)は、室町時代末期から幕末にかけて武蔵国多摩郡恩方村周辺で栄えた刀工群です。古刀期における現在の東京都域で唯一の刀工集団として知られています。始祖・周重は永正から大永年間頃に同地へ移住しました。小田原北条氏の関東支配下において、周重の子は北条氏康より一字を賜り「康重」と名乗り、その弟である照重は北条氏照より「照」の字を授かったと伝えられています。 本作は無銘ながら下原と極められた脇差です。刃文は互の目を焼き、地鉄は杢目肌が立ち、所々刃寄りに柾が掛かります。姿は先反りがつき、中切先が延びごころとなる時代相を示しています。茎は下原特有のたなご腹に切り鑢を施しています。匂口の沈んだ肌物鍛えで、古刀期の下原物らしい独特の味わい深い一振りです。 白鞘付。鎺は赤銅着。 刀身の状態は、差裏の物打付近と差表の横手筋付近にスレ、切先に微細な捲れ、所々に石気が見られますが、ヒケは少なく概ね良好なコンディションを保っています。詳細は掲載写真にてご確認いただければ幸いです。


















































新刀 · 武蔵
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下原派は武蔵国八王子の地に拠った刀工の一群で、室町末期に興り、以後江戸末期に至るまで作刀を続けた。古刀期の武蔵国を代表する鍛冶とされ、説示では周重・康重・照重・広重の四工を著名な工として挙げる。なかでも照重は康重・広重と並んで一派を代表する存在で、山本源二郎照重、山本与五郎康重のように山本姓を称した工も知られる。照重については銘鑑が初代を享禄、二代を永禄、三代を天正に充てており、永禄から天正の頃の作がもっとも時代の上がるものと鑑せられている。甲州の注文に応じて鍛えた薙刀も伝わり、地方を越えて求められた様子がうかがえる。 作風は末相州および村正一派の風に末関風を加味したものと説かれる。鍛えは板目に杢がしきりに交じって肌立ち、刃寄りが流れて綾杉風となり、渦を巻いたような肌があらわれる点に地がねの特色がある。刃文は湾れを基調に互の目が二つ三つ連れて尖り刃を交え、やや規則的に乱れて小沸がつき、砂流しのかかるものもある。帽子は乱れ込んで丸く返るものや先の尖って返るものがみられる。細かに肌立った杢目の地がねと、規則的に連れる互の目乱れにのたれを交えた刃文の組み合わせが、この一派を見分ける手がかりとなる。 鑑定にあたっては、肌立った地がねに綾杉風の流れと渦巻く肌があらわれること、互の目が規則的に連れて乱れる刃文の調子を要点とする。彫物では表に棒樋を掻き、倶利迦羅竜や不動、梵字を添えるものが多く、倶利迦羅竜の尾の巻き方に一派らしさが出るとされる。茎は栗尻に切鑢を施し、棟寄りに長銘を切るものが多い。室町末期の打刀や薙刀を代表する優品が重要刀剣に列せられており、照重の薙刀は両刃造という珍しい形状を伝える。武蔵国の在地鍛冶として実用に応えつつ、相州と関の風を併せ呑んだ独自の地刃を築いた点に、下原一派の位置づけがある。 詳しく見る →
三人の天下人が戦国の世紀を終わらせ、刀は新しい秩序の道具となった。1588年の刀狩は刀を武士の標章とし、名刀は条約のごとく家々の間を行き交い、鑑定は以後この境で古刀と新刀を分かつ。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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