日本刀 脇差:無銘 下原照重(日本美術刀剣保存協会 保存刀剣鑑定書付) 【解説】 概要 本刀は、室町時代末期から江戸時代初期(16世紀後半〜17世紀初頭)にかけて武蔵国(現在の東京都)で活躍した「下原照重(したはら てるしげ)」と極められた一振りです。初代照重は本名を山本源次郎と称し、享禄年間(1528-1532年)頃に活動した下原派の刀工です。照重の名はその後、八代にわたり受け継がれました。 下原派は、室町時代後期の1500年代初頭から江戸時代を通じて、武蔵国八王子周辺で活動した刀工集団です。戦国時代の需要に応え、実戦的で堅牢な刀剣を多く制作しました。16世紀には後北条氏、江戸時代には徳川幕府の庇護を受け、装飾性よりも実用性を重視した作風で知られています。その強靭さと切れ味、戦場における信頼性の高さから、当時の武士たちに重用されました。下原刀の特徴としては、質実剛健な造り込み、比較的浅い反り、そして「下原肌」と称される独特の鍛え肌が挙げられます。備前、相州、美濃といった主要伝法に比べると一般への知名度は控えめですが、東京周辺における最も重要な刀工系譜の一つとして、歴史的価値および実戦刀としての評価は非常に高く、今日でも多くの愛好家に研究・収集されています。 彫物 表には「梵字」が彫り込まれています。梵字は仏尊を象徴する神聖な文字であり、加護を祈念する象徴として用いられます。本作の「カーン」は、武士の間で最も信仰を集めた守護尊の一人である不動明王を表しています。また、もう一つの梵字「カンマーン」は、聖なる真言を構成する文字です。戦国時代の武士たちは、戦場における精神的な支えや信仰の証として、こうした宗教的な意匠を甲冑や兜、そして刀剣に好んで取り入れました。 裏には「倶利伽羅剣(くりからけん)」の彫物が見られます。倶利伽羅剣は不動明王が携える宝剣であり、龍が巻き付く姿は、煩悩や邪悪を断ち切る力を象徴しています。この密教的な意匠は、所持者に加護と精神的な強さをもたらすと信じられていました。本作の倶利伽羅剣は、密教の儀式や祈祷で魔除けとして用いられる「三鈷柄剣(さんこづかけん)」の形式を模しています。 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)より「保存刀剣」に鑑定されています。この鑑定書は、美術品として価値が高く、保存状態の良い正真の日本刀であることを証明するものです。 ※刀身には一部、黒錆および鍛え傷( Kitae Kizu)がございます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 ※拵(外装)のサイズが刀身に対してやや大きめに造られております。あらかじめご了承ください。 【刀身諸元】 長さ(Nagasa):57.2 cm 反り(Sori):1.06 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造。 地文(Jihada):鍛錬の過程で現れる鋼の表面模様。 切先(Kissaki):刀身の先端部分。 茎(Nakago):柄に収まる持ち手部分。 ※日本の刀工は、赤錆を防ぐために茎に生じる「黒錆」をあえて残します。
無銘 · Shitahara · Eiroku (1558-1570) · 長さ 57.2cm · 反り 1.06cm




























Shinto · 武蔵
現在7点販売中
下原派は武蔵国八王子の地に拠った刀工の一群で、室町末期に興り、以後江戸末期に至るまで作刀を続けた。古刀期の武蔵国を代表する鍛冶とされ、説示では周重・康重・照重・広重の四工を著名な工として挙げる。なかでも照重は康重・広重と並んで一派を代表する存在で、山本源二郎照重、山本与五郎康重のように山本姓を称した工も知られる。照重については銘鑑が初代を享禄、二代を永禄、三代を天正に充てており、永禄から天正の頃の作がもっとも時代の上がるものと鑑せられている。甲州の注文に応じて鍛えた薙刀も伝わり、地方を越えて求められた様子がうかがえる。 作風は末相州および村正一派の風に末関風を加味したものと説かれる。鍛えは板目に杢がしきりに交じって肌立ち、刃寄りが流れて綾杉風となり、渦を巻いたような肌があらわれる点に地がねの特色がある。刃文は湾れを基調に互の目が二つ三つ連れて尖り刃を交え、やや規則的に乱れて小沸がつき、砂流しのかかるものもある。帽子は乱れ込んで丸く返るものや先の尖って返るものがみられる。細かに肌立った杢目の地がねと、規則的に連れる互の目乱れにのたれを交えた刃文の組み合わせが、この一派を見分ける手がかりとなる。 鑑定にあたっては、肌立った地がねに綾杉風の流れと渦巻く肌があらわれること、互の目が規則的に連れて乱れる刃文の調子を要点とする。彫物では表に棒樋を掻き、倶利迦羅竜や不動、梵字を添えるものが多く、倶利迦羅竜の尾の巻き方に一派らしさが出るとされる。茎は栗尻に切鑢を施し、棟寄りに長銘を切るものが多い。室町末期の打刀や薙刀を代表する優品が重要刀剣に列せられており、照重の薙刀は両刃造という珍しい形状を伝える。武蔵国の在地鍛冶として実用に応えつつ、相州と関の風を併せ呑んだ独自の地刃を築いた点に、下原一派の位置づけがある。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
日本刀 脇差:無銘 下原照重(日本美術刀剣保存協会 保存刀剣鑑定書付) 【解説】 概要 本刀は、室町時代末期から江戸時代初期(16世紀後半〜17世紀初頭)にかけて武蔵国(現在の東京都)で活躍した「下原照重(したはら てるしげ)」と極められた一振りです。初代照重は本名を山本源次郎と称し、享禄年間(1528-1532年)頃に活動した下原派の刀工です。照重の名はその後、八代にわたり受け継がれました。 下原派は、室町時代後期の1500年代初頭から江戸時代を通じて、武蔵国八王子周辺で活動した刀工集団です。戦国時代の需要に応え、実戦的で堅牢な刀剣を多く制作しました。16世紀には後北条氏、江戸時代には徳川幕府の庇護を受け、装飾性よりも実用性を重視した作風で知られています。その強靭さと切れ味、戦場における信頼性の高さから、当時の武士たちに重用されました。下原刀の特徴としては、質実剛健な造り込み、比較的浅い反り、そして「下原肌」と称される独特の鍛え肌が挙げられます。備前、相州、美濃といった主要伝法に比べると一般への知名度は控えめですが、東京周辺における最も重要な刀工系譜の一つとして、歴史的価値および実戦刀としての評価は非常に高く、今日でも多くの愛好家に研究・収集されています。 彫物 表には「梵字」が彫り込まれています。梵字は仏尊を象徴する神聖な文字であり、加護を祈念する象徴として用いられます。本作の「カーン」は、武士の間で最も信仰を集めた守護尊の一人である不動明王を表しています。また、もう一つの梵字「カンマーン」は、聖なる真言を構成する文字です。戦国時代の武士たちは、戦場における精神的な支えや信仰の証として、こうした宗教的な意匠を甲冑や兜、そして刀剣に好んで取り入れました。 裏には「倶利伽羅剣(くりからけん)」の彫物が見られます。倶利伽羅剣は不動明王が携える宝剣であり、龍が巻き付く姿は、煩悩や邪悪を断ち切る力を象徴しています。この密教的な意匠は、所持者に加護と精神的な強さをもたらすと信じられていました。本作の倶利伽羅剣は、密教の儀式や祈祷で魔除けとして用いられる「三鈷柄剣(さんこづかけん)」の形式を模しています。 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)より「保存刀剣」に鑑定されています。この鑑定書は、美術品として価値が高く、保存状態の良い正真の日本刀であることを証明するものです。 ※刀身には一部、黒錆および鍛え傷( Kitae Kizu)がございます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 ※拵(外装)のサイズが刀身に対してやや大きめに造られております。あらかじめご了承ください。 【刀身諸元】 長さ(Nagasa):57.2 cm 反り(Sori):1.06 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造。 地文(Jihada):鍛錬の過程で現れる鋼の表面模様。 切先(Kissaki):刀身の先端部分。 茎(Nakago):柄に収まる持ち手部分。 ※日本の刀工は、赤錆を防ぐために茎に生じる「黒錆」をあえて残します。
無銘 · Shitahara · Eiroku (1558-1570) · 長さ 57.2cm · 反り 1.06cm




























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下原派は武蔵国八王子の地に拠った刀工の一群で、室町末期に興り、以後江戸末期に至るまで作刀を続けた。古刀期の武蔵国を代表する鍛冶とされ、説示では周重・康重・照重・広重の四工を著名な工として挙げる。なかでも照重は康重・広重と並んで一派を代表する存在で、山本源二郎照重、山本与五郎康重のように山本姓を称した工も知られる。照重については銘鑑が初代を享禄、二代を永禄、三代を天正に充てており、永禄から天正の頃の作がもっとも時代の上がるものと鑑せられている。甲州の注文に応じて鍛えた薙刀も伝わり、地方を越えて求められた様子がうかがえる。 作風は末相州および村正一派の風に末関風を加味したものと説かれる。鍛えは板目に杢がしきりに交じって肌立ち、刃寄りが流れて綾杉風となり、渦を巻いたような肌があらわれる点に地がねの特色がある。刃文は湾れを基調に互の目が二つ三つ連れて尖り刃を交え、やや規則的に乱れて小沸がつき、砂流しのかかるものもある。帽子は乱れ込んで丸く返るものや先の尖って返るものがみられる。細かに肌立った杢目の地がねと、規則的に連れる互の目乱れにのたれを交えた刃文の組み合わせが、この一派を見分ける手がかりとなる。 鑑定にあたっては、肌立った地がねに綾杉風の流れと渦巻く肌があらわれること、互の目が規則的に連れて乱れる刃文の調子を要点とする。彫物では表に棒樋を掻き、倶利迦羅竜や不動、梵字を添えるものが多く、倶利迦羅竜の尾の巻き方に一派らしさが出るとされる。茎は栗尻に切鑢を施し、棟寄りに長銘を切るものが多い。室町末期の打刀や薙刀を代表する優品が重要刀剣に列せられており、照重の薙刀は両刃造という珍しい形状を伝える。武蔵国の在地鍛冶として実用に応えつつ、相州と関の風を併せ呑んだ独自の地刃を築いた点に、下原一派の位置づけがある。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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