応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
出ました出ましたお爺様が本飛騨守氏房を持って勇躍軍隊に入隊されましたが、怪我もなく終戦で無事に御帰還されたとの事で、その後長年蔵に保管されておりましたが、自分達も手入れも出来ずこのままではお爺様にも申し訳が無いので、誰か大切にして頂ける方にお譲り下さいと、この度お預かりした為に、出来た時そのままで新品に見える位ピカピカと光って見える健全な簡易軍陣刀拵えの付いた飛騨守氏房の脇差です。飛騨守氏房は室町期の名工若狭守氏房の嫡男として生まれ、天正5年(1577年)(449年前)織田信長の次男織田信孝の側小姓として仕え、天正11年織田信孝自沈の後は浪人となり、天正16年より父若狭守氏房について鍛刀をはじめました。天正20年5月11日豊臣秀吉の甥の関白秀次の斡旋で飛騨守受領慶長15年名古屋城が完成すると、名古屋城下に移住、本脇差は元身幅と先身幅の差の有る鎬造の脇差姿を現し、地金も御覧の様に経年変化の為に不明です、刃紋も御覧の様に良く見えませんが透かして拝見すると互の目刃を焼いているようですが、飛騨守氏房の銘は残念ながらそうであれば良いなの希望銘です。しかしながら幸運にも殆ど出来た時のままのピカピカと光って見える位の健全な簡易軍陣刀拵えが現在となれば素晴らしく貴重です。この度お持ち主様のご厚意で特別に超格安価格でご提供いたします是非お楽しみ下さいませ。























室町時代
応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
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