正親は木谷姓、通称を富蔵と伝える武州伊藤派の金工で、延享3年(1746)に生まれ、寛政9年頃(1797頃)まで活躍しました。伊藤正常の門に学び、江戸浅草堀田原に住して「武州住正親」と銘を切った工として知られています。現存作には鉄地へ量感豊かな鋤出彫を施して金象嵌を効果的に交えた鐔が確認され、本品の銘と、鉄地の彫りを主役に据えて金を抑制的に配する表現もその作域によく合致しています。 古木は風雪を受けながら長い年月を生き抜く姿に長寿や不屈の意味を重ねる画題であり、節、洞、曲折する木目そのものが景色となるため、鉄の強さと深い色合いを生かすのに適しています。本品は樹木の全景を描くのではなく、鐔そのものを一片の古木へ見立て、表裏のほぼ全面へ複雑にうねる木目を刻した大胆な意匠で、年輪の流れが切羽台や櫃穴を包み込み、所々に現れる節が単調になりがちな木肌へ力強い変化と歳月の趣を与えています。 木目は同じ間隔で機械的に並べるのではなく、節を避けながら密集し、分かれ、再び合流する自然な流れとして彫り分けられ、星形や不定形の小透かしが虫食いや朽ち込んだ洞を思わせる陰影を生み出しています。各所には小粒の金象嵌を木目に沿わせるように散らし、深い黒褐色の鉄地へ控えめな光を添える一方、表面上方にのみ短冊形の金布目象嵌を置き、流動的な木目の中へ端正な直線を加えて画面を鮮やかに引き締めています。裏面ではこの短冊形の象嵌を用いず、木目、節、小透かし、点在する金象嵌によって古木の表情を見せるため、表裏を返すことで趣向の違いも楽しめます。 切羽台には「武州住正親」と銘が切られ、量感ある鉄地へ深く刻まれた木目と節、わずかな金を的確に利かせる色彩感覚には、武州伊藤派の金工らしい鉄への深い理解と洗練された構成力が表れています。鐔全体を古木へ転じた発想の面白さに加え、光の角度を変えるたび彫りの高低と象嵌の輝きが移ろい、近くで見込むほど新たな景色が現れる、作者の個性と鑑賞性を兼ね備えた魅力ある作品です。
取扱店 刀心
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鐔工 · 武蔵
現在3点販売中
鐔工 · 武蔵
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伊藤派は武蔵国江戸神田を拠点とした金工の一派で、初代正長(元禄頃~享保十二年没)が宝永七年に将軍家宣に拝謁し、公儀お抱え鍔師に任ぜられたことに始まる。歴代当主はいずれも「正」の字を通字とし、十代にわたって鍔・小道具の制作を続けた。二代正恒は糸透かしと呼ばれる精緻な糸鋸透の技法を開発し、「武州住正恒」と銘する打刀拵では鐔・縁頭を同作とし、七宝・螺鈿・金打込を駆使した統一的な拵を手がけている。十代にして最後の当主となった伊藤勝見(文政十二年〈一八二九〉生、明治四十三年〈一九一〇〉没)は、十二歳で田中清寿の門人となり、弘化元年に師家の養子となって清重と名乗った。若くして法橋に叙され、師父から東竜斎の号を許されたが、清寿と不仲になって田中家を離れた後、柴田是真に蒔絵を学んだ。万延元年三月に伊藤正広家と養子縁組して正隆と名乗り、伊藤家十代目を継承、三十歳後半に勝見と改名した。金工の鍛錬に是真門下の蒔絵の薫陶が加わり、勝見の色金への鋭敏な感覚に結実した。 伊藤派の作風は、象嵌と色絵を的確に用いた精密な彩色金工を最大の特色とする。鉄・四分一・朧銀・赤銅の地板に、高彫・鋤出高彫・片切彫・毛彫といった多彩な彫技を駆使し、金・銀・素銅・緋色銅・真鍮など多種の色金による象嵌色絵を施す。正恒の拵作品では赤銅魚子地に高彫色絵の栗形・返角を配し、鐺には金地に桜花文を打込む手法が見られ、「すべてに取り合せがよく、当時の武士の好尚がうかがえる」[[c:1]]と評される。勝見の作品では、鳥羽僧正に因む鳥獣戯画蛙合戦図・蝦蟇仙人蛙合戦図・大聖不動明王図など物語性・信仰性の強い図柄が好まれ、いずれも「高彫から片切毛彫を駆使した抜群な彫技」[[c:2]]と「的確で優れた象嵌色絵」[[c:3]]が一体となった画面を構成する。小柄においても牡丹に胡蝶を金・銀・緋色銅など多彩な色金で豊かに表現し、「発色の良い色金の象嵌技術は勝見の本領が存分に発揮され」[[c:4]]た入念作と称される。据文象嵌・布目象嵌・消し込み象嵌など技法の使い分けも巧みで、清寿門下の伝統を踏まえつつ独自の境地を拓いた。 伊藤派は元禄から明治に至るまで江戸の鐔工として高い水準を維持した一門である。参勤交代を通じて各国の武士がその作品を求め、伊藤鐔は全国に広まった。説示において勝見の作品は繰り返し「真骨頂を示す優品」[[c:5]]「勝見の本領が存分に発揮された」[[c:6]]と評価され、蛙合戦図鐔については「諧謔な図を昇華させた鐔」[[c:7]]と、物語画を金工芸術の高みに引き上げた点が特筆されている。絵画的な構図力と高度な彫金・象嵌を融合させ、信仰や文学の主題を鐔上に再現し得た伊藤派は、幕末金工史において独自の位置を占める。 詳しく見る →
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