説明

重要刀装具 平田彦三 四方洲浜透鐔 080819 当店では、肥後金工の最高峰として名高い平田彦三による、極めて質の高い名品をご紹介できることを誇りに思います。本作は、この高名な金工師の卓越した技量を余すところなく伝える素晴らしい一口(ひとくち)です。 本作は『刀装具の鑑賞』第二巻に所載されており、さらに2018年に開催された日本美術刀剣保存協会(NBTHK)第64回重要審査において、重要刀装具の指定を受けております。 以下に、本品の魅力を詳述した重要刀装具図譜の解説文を引用いたします。 第64回重要審査(2018年11月6日指定) 重要刀装具 四方洲浜透鐔(しほうすはますかし つば) 無銘:彦三 【寸法】 縦:7.35 cm 横:8.95 cm 耳厚:0.45 cm 【形状・銘文】 竪丸形 素銅地 翁(阿弥陀)切付、陰透、黒四分一小田原覆輪 【時代】 江戸時代初期 【解説】 肥後の平田家は、もと正阿弥系の流れを汲む家系である。初代彦三は京都にて細川三斎(1563-1646)に仕え、主君の転封に伴い肥後国熊本へ移り、寛永12年(1635)に同地で没した。 彦三は、その甥である志水甚五、および西垣勘四郎の両門流、そして尾張系の流れを汲む林又七とともに、肥後金工の四大流派の一角を成している。 彦三の作風は正阿弥の伝統を継承したものが多く、鉄地を用いることもあるが、多くは山銅、真鍮、赤銅などの色金(いろがね)を用いた作品を得意とした。象嵌のほか、阿弥陀や翁(おきな)といった鑢目(やすりめ)を施すことで、極めて雅味豊かな装飾効果を上げている。 本作の地鉄は潤いがあり、柔らかみを感じさせる優れた質感を有しており、精緻に施された阿弥陀鑢の彫り口も見事である。耳には――

JÛYÔ TSUBA BY HIRATA HIKOZÔ 平田彦三 080819

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$48,500

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流派

Hirata

時代

Early Edo (1590-1635)

作者について

Hirata Hikozo彦三

1 重要美術品2 特別重要刀剣47 重要刀剣

平田彦三は、肥後金工の祖として知られる刀装具師である。正阿弥系の出自で、初代彦三は京において細川三斎(忠興)に仕え、後に細川家の移封に伴い丹後、小倉を経て熊本へと下向し、寛永十二年(1635年)に同地で没した。彦三の門下からは、志水甚五(甥)、西垣勘四郎といった名工が輩出し、尾張系の林又七と共に肥後金工の四大流派を形成するに至った。細川三斎の指導を受け、武人好みの実用性と格調高い美術性を兼ね備えた作風を確立した。 彦三の作風は、正阿弥の伝統を多く継承している点が特徴である。素材には鉄地もみられるが、山銅、真鍮、赤銅などの色金を多用し、象嵌の技術に加え、阿弥陀鑢や翁鑢を施すことで雅趣溢れる装飾性を加えている。地鉄は「彦三がね」と呼称される独特の深みのある色合いを呈し、味わい深い変化を見せる。鑢目は翁鑢が多用され、その出来栄えは評価が高い。作風としては、左右対称の意匠や、洲浜、笠、蕨手、枡といったモチーフを透かし彫りで表現することが多く、中には唐人笠の透かしなど南蛮文化の影響を感じさせるものもある。また、七宝象嵌を施した作も稀にみられ、その技術の高さが窺える。覆輪にも特色があり、小田原覆輪と呼ばれる特殊な覆輪を創始したことで知られる。小田原覆輪は、山銅、真鍮、赤銅など様々な素材が用いられ、中には黒四分一を用いたものもみられる。また、縄目覆輪を施した作例も存在する。漆を効果的に使用し、長い年月を経ることで鐔と馴染み、深い味わいを醸し出す点も彦三作品の魅力の一つである。 彦三の刀装具は、その格調高い美意識と洗練された技術により高く評価されている。「雅趣溢れる装飾性」「閑寂にして荘厳な世界」「古雅さと優美さ、そして華麗さが同居」「時代性と野趣の中にも優雅さが同居」「寂の風雅」といった言葉が、その作風を特徴づけるものとして説示に繰り返し見られる。彦三の作品は、単なる刀装具としてだけでなく、茶道の精神にも通じる侘び寂びの世界観を表現したものとして、高く評価されている。肥後金工の祖として、後世に多大な影響を与えたことは疑いなく、その作品は現在もなお多くの人々を魅了し続けている。

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