徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
刀剣 銘 阿州住氏吉 NTHK鑑定書付 ※本刀は本年9月のNTHK鑑定を通過しております。鑑定書は10月末頃に発行される予定です。 【解説】 本作は「阿州住氏吉(あしゅうじゅううじよし)」と銘があり、阿波国(現在の徳島県)に居住した氏吉の作であることを示しています。公益財団法人日本美術刀剣保存協会(日刀保)の見解によれば、本作の制作年代は江戸時代初期の寛永年間(1624〜1645年)と推定されます。 阿波国は古くから「阿州」とも呼ばれ、四国の徳島県に位置します。氏吉は同地の海部派(かいふは)に属する刀工が代々襲名した名跡です。海部派の刀は「海部刀」として知られ、海部川流域において地元の海部氏の庇護のもとで発展しました。 天正3年(1575年)、戦国大名・長宗我部元親の軍勢により海部城が落城すると、多くの刀工が離散しましたが、氏吉や氏次といった工はその後も同地で鍛刀を続けました。後に蜂須賀氏が阿波を統治すると、海部刀工はその庇護を受けます。万治3年(1660年)には、後代の海部氏吉が蜂須賀光隆に召し抱えられ、徳島城下へと移住しました。以後、氏吉の家系は幕末に至るまで藩のお抱え刀工としてその伝統を繋いでいます。 【彫物】 本作の刀身両面には、見事な彫物が施されています。 差し表には、日本密教において強い信仰を集める「不動明王」と「倶利伽羅龍(くりからりゅう)」の意匠が緻密に彫り込まれています。不動明王は「不動の知恵を持つ王」を意味し、煩悩を打ち砕き、人々を悟りへと導く憤怒の守護神です。その強靭な意志と守護の力から、古来より侍の間で格別の崇敬を集めてきました。 ここに描かれた龍は「倶利伽羅龍王」と呼ばれ、不動明王の化身ともされます。火炎に包まれ剣に巻き付く龍の姿は、悪や無明、世俗の欲望を打ち破る力を象徴しており、不動明王と龍の組み合わせは、神仏の加護と智慧による勝利を力強く表現しています。 差し裏には、神仏の儀式で用いられる箸を模した「護摩箸(ごまはし)」が彫られています。また、不動明王と護摩箸の上部には、密教において諸仏を象徴する「梵字(ぼんじ)」が刻まれています。 【刀身】 長さ(Nagasa):67.8 cm 反り(Sori):2.3 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造。 地文(Jihada):鍛錬の過程で現れる鋼の表面模様。 切先(Kissaki):刀身の先端部分。 茎(Nakago):柄に収まる中心(なかご)部分。 日本の刀工は、柄の内部で赤錆が発生するのを防ぐため、茎に「黒錆」を残しました。この茎の錆色や朽ち込み具合は、専門家が制作年代を推定する上での重要な指標となります。 鎺(Habaki):刀身が鞘の内部に直接触れるのを防ぐ金具。 刀身の錆や欠けを防ぐ役割も果たします。 本鎺には「徳川葵紋(とくがわあおいもん)」が施されています。これは戦国時代の名将、徳川家康を祖とする徳川将軍家の家紋として知られる植物文様です。



















脇物 · 安房 · 1596-1615頃
現在1点販売中
氏吉の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
脇物 · 安房
現在10点販売中
海部派は阿波国、すなわち現在の徳島を中心とする四国の地に興った刀工の一群である。説示は『古今銘尽』『古刀銘尽』を引いて、この派に二つの系統があったことを伝える。その一は康暦頃の海部太郎氏吉を祖とする系であり、いま一つは応安頃の波平の弟子と伝え、「藤」と一字を銘する者を祖とする系である。もっとも祖と仰がれる氏吉の作は現存せず、現存する作品にも南北朝時代まで時代の遡るものはなく、世に海部物と呼ばれる作の多くは室町時代のものとされる。活躍が目立つのは室町時代の後半からであり、説示に名を挙げる工としては、氏吉、藤原氏吉、阿州開府氏吉と銘する一群のほか、明応頃と天文頃の二工が知られる氏重、大永年紀を残す泰吉、同じく大永頃の海部鍛冶である泰長がある。氏重については、後に播州姫路に移り大和大掾を受領した初代、通称三木新五郎の名が伝えられ、その末裔に手柄山正繁が出たことも記される。 作風について説示はおおむね二様を記す。一つは、光の弱い地景が目立ち、大のたれ・小のたれを焼いて、匂口が望洋としてしまらず、地景と同調する金筋がかかるものである。いま一つは、板目に柾気が交じって鍛えがやや軟らかく、少しく白け、働きのあまり見られない直刃を焼く、波平風と評されるものである。短刀には、平造、三ッ棟で身幅広く寸延び、重ね薄めに僅かに内反りのついた大柄な姿が見られ、板目に杢を交え、刃寄りが流れて柾がかり、地沸が微塵につき、白け映りが立つなかに細直刃を焼いて枯淡の趣を醸す作がある。彫物には棟寄りの梵字に素剣・護摩箸を掻き流したものや棒樋があり、刀身によく調和する。脇指には海部の山刀と呼ばれる切刃造のものが知られ、地刃の出来に見劣りするものが多いと説示は述べる。海部を見分ける手がかりは、光の弱い地景、白け映りと柾がかった鍛え、しまりに乏しい匂口、そして直刃に波平風の趣を帯びる点にある。 鑑定にあたっては、これら地景・白け・匂口の性格に加え、銘字を太鏨で大振りに刻む茎の様子が拠りどころとなる。海部物は実用に即した性格が強く、その切れ味の鋭さを語る作が伝わる。氏吉作の名物岩切海部は享保名物帳に所載され、名はその切れ味の鋭利さに由来すると伝え、もとは阿波の豪族三好家にあって長慶がこの刀で武功をたて、後に福岡の黒田家に伝わったという。また泰吉や泰長の作には、海部の作が江に化したと語られるごとく、地刃や帽子に物語を生む要素を含むものがある。氏吉作の短刀には『光山押形』に所載され伊東巳代治の旧蔵にかかる一口もある。有銘の作は総じて少なく、それゆえ氏重・氏吉・泰吉・泰長らの遺例は、各工のみならず海部派全般を研究するうえで貴重な資料であり、阿波の地に根ざした実用刀の一系として位置づけられる。 詳しく見る →
江戸時代
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
NTHKの中心的な鑑定書で、相応の出来を備えた作に発行されます。在銘作は銘の正真を、無銘作は審査員による刀工・流派の極めを示します。点数を記す詳細な審査表が付されます。
NTHK(日本刀剣保存会)は、NBTHK(1948年設立)に先立つ1910年に創立された、日本で最も古い刀剣鑑定団体です。長く会を率いた会長の没後、NTHKとNTHK-NPOの二つに分かれ、いずれも審査を続けています。NTHKの鑑定書は、点数と審査員の所見を併記する詳細な審査表が特徴で、特に無銘作の極めに定評があります。
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