1800年前後、水心子正秀は著述をもって、鍛刀は古作の法に立ち返るべしと説いた。復古刀の運動である。最大の後継者直胤は、数百年絶えていた備前伝と相州伝を確信をもって再現した。
日本刀 銘 阿州住源吉広於豊前小倉作(元治元年) 日本美術刀剣保存協会(NBTHK) 特別保存刀剣鑑定書付 【説明】 本作は、江戸時代末期の元治元年(1864年)に制作された、「阿州住源吉広於豊前小倉作」の銘を持つ一振りです。 銘文は、阿州(現在の徳島県・阿波国)の住人である源吉広が、豊前国小倉(現在の福岡県北九州市)において打ったことを示しています。阿波を拠点とした吉広が、幕末の動乱期に小倉へと赴き、本作を鍛錬した歴史的背景が刻まれています。 吉広の系譜は、延宝年間(1673-1681年)に伊勢国山田で活動した初代に始まると伝えられています。その後、代々その名は受け継がれ、後代が阿波国へと移住し、幕末までその作刀の技を伝えたと考えられています。 背景 徳川将軍家による安定した統治が続いた江戸時代初期から中期(1600年代〜1760年代)にかけて、日本は比較的平穏な時代を享受しました。武士にとって刀剣は戦場での武器というよりも、自らの身分を象徴する証としての意味合いが強くなり、戦国時代に比べ実戦的な需要は落ち着きを見せていました。 しかし、江戸時代末期(1764年〜1867年)に入ると、社会情勢は一変します。国内の困窮による一揆の頻発や、諸外国からの開国要求という外圧に晒され、日本は激動の時代を迎えました。 こうした動乱を生き抜くため、武士たちは再び「実戦」を意識した力強い刀を求めるようになります。吉広をはじめとする当時の刀工たちは、主君や武士たちの期待に応えるべく、実用性と堅牢さを兼ね備えた質の高い刀を精魂込めて鍛え上げました。 本作が制作されたのは、幕府軍と新政府軍による内戦が勃発する直前の時期にあたります。かつての所有者は、武士の時代の終焉という歴史的転換点を、この刀と共に歩んだのかもしれません。 鑑定 本刀は、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に認定されています。この鑑定書は、保存状態が極めて良く、かつ美術的価値の高い真作の日本刀に対してのみ発行されるものです。 ※刀身にはわずかな鍛え傷および引け傷が見受けられます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 【刀身】 長さ(Nagasa):78.7 cm 反り(Sori):1.5 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地紋(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 切先(Kissaki):刀身の先端部分 茎(Nakago):柄に収まる持ち手部分。 茎に施された「黒錆」は、柄内部での赤錆の発生を防ぐ役割があります。この錆の色付き(経年変化)は、専門家が制作年代を推定する上での重要な指標となります。 【拵】 拵(Koshirae):鞘、柄、鍔などを含めた外装一式。 縁頭(Fuchi-Kashira):柄の両端に取り付けられた一対の金具。 本作の縁頭には、龍と角大師(つのだいし)の意匠が施されています。 他の金具と同様に、縁には龍が配され、拵全体に統一感を持たせています。 一方、頭には「角大師」が描かれています。






























新々刀 復古の運動
1800年前後、水心子正秀は著述をもって、鍛刀は古作の法に立ち返るべしと説いた。復古刀の運動である。最大の後継者直胤は、数百年絶えていた備前伝と相州伝を確信をもって再現した。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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