NihontoWatch MonNihontoWatchBETA
MarketEncyclopedia
NihontoWatch Mon

NihontoWatchBETA

マーケット
事典
概要·鑑定·指定·刀姿·銘·系譜·流派
概要鑑定指定刀姿銘系譜流派
  1. 流派
  2. 堀川
  3. 國正

Horikawa Kunimasa

國正

重要
巻 33, 番 150 · 刀

Horikawa Kunimasa

國正

評価作品6点

国山城時代Genna (1615–1624)時代区分江戸流派Horikawa伝法Shinto師匠Kunihiro刀工大鑑450(上位31%)種別刀工コードKUN454
6重要刀剣

概要

国正は江戸初期の京に、堀川国広の門人として活躍した刀工で、その作が提起する最大の問題は現存数の少なさである。書は、現存する在銘の作刀が極めて少なく、長銘のもの・年紀のあるものが皆無であるため、彼の経歴も殆んど不明であると記す。確かな文献的足場の一つは、国安の生ぶ無銘作に国正が「国安正作、国正」と添銘した一口で、この合作が彼を堀川一門中の後輩として位置づける。作風・茎仕立、さらには銘の切り方に至るまで国広の在銘作に酷似することから、書は彼を師の在世中の代作者であったろうと見る。『新刀一覧』には「二字に切。堀川国広門人」とあるのみで、他に記すところがない。

その手は堀川風を凝縮したものである。杢を交えて肌立ち、時に流れごころとなり、大振りの作には大板目を交える板目地に、一門の名高い肌立ちザングリとした鍛えを示し、肌は緊まらずに開いて見える。刃は小のたれを主調とし、互の目を交え、処々に矢筈風の刃を交え、匂深く小沸よくつき、刃中に砂流しかかり金筋入る。同工の繰り返し現れる見どころで、書が瑕ではなく一門の特色として扱うのは、匂口が全体に明るく立つよりも沈みごころとなる点である。帽子は直ぐに小丸に返って掃きかけ、身幅の広い作では乱れ込んで先尖りごころに長く返る。

地鉄こそ、一門が彼を通して最もよく語るところである。肌立つ地に地沸つき、荒く叢となることもあれば微塵によくつくこともあり、開いた板目に沿って地景が入る。ある刀では区下より斜めに水影が立ち、書はその鍛えを「区下より斜めに水影」が立つと記す。この地鉄の見方が彼を見極める要で、小板目の冴えた明るい鉄でもなく、静かに均質な地でもなく、堀川の工が国広の相州伝復興から受け継いだ、肌立ちザングリのやや動きのある地鉄である。刃中の砂流し・金筋、沸づく匂深の働きも同じ相州伝の傾きを示し、その作は国広を介して古い相州伝を振り返る京新刀の手として読まれる。

少ない作中にも二つの手が見分けられる。主たるものは上述の京堀川の手で、茎・銘のみで代作を裏づけるほど国広に近い。後期の手は異なる姿を示し、元先の幅差つき、踏張りごころがあり、反り深く中鋒つまりごころとなる形状で、書はこれを寛永・正保頃のものとし、師の没後も作り続けた一門中の後輩の徴とみる。作の中には「武州江戸住」と切り添えたものがあり、その二代が東国へ移ったと推され、江戸では江戸法城寺国正と混同された。その混同を書は正そうとする。移住が工自身か後代かは、書も今後の研究に俟つとして決していない。

現存作の資料的価値は、国広その人を通して一門を読み取らせる精度にある。第三十三回の刀に対する書の説明は、肌立ちザングリの鍛え、地沸と地景、互の目を交えた小のたれ、砂流し・金筋、沈みごころの匂口を挙げ、この刀が「堀川物の特色をよく示して出来がよい」と結ぶ。彼の見どころは師からの離脱ではなく師への忠実によって描かれ、作と茎と銘の酷似がそのまま、彼が国広の傍らに在ったことの証とされる。広い世界の中で彼の作は個性的な華やかさよりこの凝縮された堀川の性格によって立ち、小のたれ主調の刃は、書の言うように一門中の彼自身の個性として捉え得るかもしれない。

国正は重要刀剣に六口を数え、それ以上はなく、国宝も重要文化財も含まれないが、これは寡作の工にふさわしい。同作には大名家・美術館への伝来は記録されず、指定書に名の見える所持者も昭和の私蔵家であって名高い機関ではないので、誠実に述べれば著名な所有者の列挙はできない。代わりに記録が伝えるのは、僅かな現存作に対する鑑定の異例の近さである。最も優れた脇指は「門下中の一流工というべきであろう」と評され、最も優れた刀は「国正有銘作中の白眉」と呼ばれる。蒐集家にとっては稀にしか、しかも在銘作としてのみ出会う工であり、無銘作は彼に充てられない。六口の刀か一口の脇指が世に出るとき、それは国広とその工房を物語る資料としても価値ある重要刀剣級の堀川物であり、京新刀復興の静かながら教えるところの多い一隅である。

鑑定

堀川風の凝縮:地沸・地景つく肌立ちザングリの板目に、互の目を交えた小のたれを匂深く沸づけて砂流し・金筋をかけ、匂口沈みごころ、帽子は直ぐに小丸・掃きかけ

国正は江戸初期の京に活躍した堀川国広の後輩門人で、現存作の極めて少ない新刀工。その手は師に酷似し、代作者であったと伝える。作風は堀川風を凝縮したもので、肌立ってザングリとした板目地に地沸・地景つき、小のたれ・のたれに互の目を交えて匂深く沸づき、砂流し・金筋を交えて匂口沈みごころとなる。帽子は直ぐに小丸となって掃きかけ、現存作はことごとく太鏨の二字銘を切る。

鑑定の決め手

作品の50%

作品の50%

作品の50%

太鏨の二字銘

作品の50%

作風の変遷

京堀川の手(代作者の作風)

京で国広の下に成った主たる手は、堀川風の本領を示す。杢を交えて肌立ち、一門の名高いザングリとした肌合となる板目地に、地沸つき地景入り、処々下半が流れごころとなって大板目を交える。小のたれを主調に互の目を交え、時に矢筈風の刃を交えて足入り、匂深く小沸よくつき、砂流しかかり金筋入り、匂口は沈みごころとなる。帽子は直ぐに小丸に返って掃きかける。書は、これらの作風が茎仕立や銘振りに至るまで国広在銘のものと酷似することから、師の在世中に協力者・代作者であったと見ている。

地鉄 Jigane
刃文 Hamon
帽子 Bōshi

後期・寛永正保の姿と江戸移住

確証はやや弱い

後期には特徴的な姿を示す。元先の幅差つき、踏張りごころがあり、反り深く中鋒つまりごころとなる形状で、書はこれを寛永・正保頃のものとし、一門中の後輩であることの徴とみる。区下より斜めに立つ水影から匂口沈みごころに至るまで堀川の特色を持続する。中には「武州江戸住」と切り添えた作があり、その二代が江戸に移住したと推され、彼地で江戸法城寺国正と混同されるに至った。

地鉄 Jigane
水影
刃文 Hamon
帽子 Bōshi
研究

現存する在銘の作刀は極めて少なく、作風・茎仕立・銘振りが国広に酷似することから、書は彼を師の代作者と見る。

『新刀一覧』には「二字に切。堀川国広門人」とあるのみで、彼の詳細は全く不明であり、後の江戸移住については今後の研究に俟つ。

指定

国宝—
重要文化財—
重要美術品—
御物—
特別重要刀剣—
重要刀剣6

名工ランク

0.04 (指定作品6点)

刀工の上位23%

刀姿

評価作品6点の分布

銘

評価作品6点の銘の種類

販売中

系譜

師匠Kunihiro
Kunimasa

Horikawa派

Horikawa派の他の刀工

  1. 1.國廣Kunihiro6 販売中148指定
  2. 2.國路Kunimichi8 販売中74指定
  3. 3.國貞Kunisada4 販売中88指定
  4. 4.國儔Kunitomo1 販売中27指定
  5. 5.正弘Masahiro3 販売中14指定
  6. 6.國安Kuniyasu17指定
  7. 7.國助Kunisuke2 販売中50指定
  8. 8.弘幸Hiroyuki17指定
  9. 9.國清Kunikiyo2 販売中14指定
  10. 10.國幸Kuniyuki1 販売中6指定
  11. 11.國清Kunikiyo7指定
  12. 12.吉武Yoshitake2 販売中4指定