二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
大野義光刀匠は、昭和23年10月16日に新潟県西蒲原郡に生まれ、本名を吉川三男という。日本大学農獣医学部に入学し、学生時代より日本刀に興味を持ち、昭和44年に、吉原義人・吉原荘二刀匠らの鍛錬所で日本刀の製作の道に入る。昭和55年、文化庁より「美術刀剣類製作承認」を受け、刀匠となり、同年、新作名刀展に初出品する。昭和51年、新潟県黒崎町に鍛錬所を設けて独立する。昭和57年より62年まで、高松宮賞、文化庁長官賞の特賞を6回連続受賞し、昭和62年に無鑑査認定となる。昭和59年、伊勢神宮第61回式年遷宮の御神刀を謹作する。作風は、備前伝を得意とし、「大野丁子」と呼称される華やかな重花丁子乱れを焼く。就中、上杉家に伝来した名物「山鳥毛」(国宝)を写したものは国内外で高い評価を得ている。 本作は、形状は鎬造、庵棟、身幅広く、重ね厚く、元先の幅差あり、長寸にて、反り高くつき、中鋒に結ぶ豪壮なる姿を呈する。鍛えは、板目がよくつみ、地沸厚くつき、地景入る。刃文は丁子を主調に、互の目・小互の目など交じり、総じて逆がかり、逆足入り、匂本位に小沸わずかにつき、砂流しかかり、刃縁に小さな飛焼風の湯走りを交え、匂口明るいなどの優れた出来口を示している。大野義光刀匠が42歳の作で、刃文が丁子を主調に、互の目・小互の目が交じり、総じて逆がかり、逆足がよく入るなど得意とする備前一文字派の作風をよくあらわしており、一文字派のなかでも逆丁子となる見処から片山一文字則房に彷彿とさせる。




Niigata · 平成〜令和
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昭和から現代へ 断絶と再生
二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
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