二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
二十五代藤原兼房作。本名は加藤賀津雄。昭和三十二年、室町時代より続く刀匠・藤原兼房家に生まれます。岐阜県関市小瀬在住。昭和五十年、人間国宝匠・月山貞一に入門、初銘を貞房といいます。昭和五十七年、文化庁認定の刀匠となります。昭和五十八年より、父二十四代藤原兼房に師事し、以後、薫山賞はじめ、優秀賞、努力賞他、多くの受賞を果たします。昭和五十九年、二十五代藤原兼房日本刀鍛錬道場を開設。二十五代藤原兼房を襲名しました。明治神宮、熱田神宮、靖国神社などに刀を奉納。また天皇家の守短刀を御造りするなど、活発にご活躍中の関鍛冶代表工の御一人です。全日本刀匠会元常務理事。関伝技術保存会元副会長、関伝刀匠会元会長。 本作体配は、刃長が七寸七分。平造姿の短刀です。地鉄は板目肌良く詰み、鍛に沿って地景太く入り、地沸よく付く、鉄の冴えた精緻な肌合いを呈します。刃文は沸出来の互の目丁子乱れで、焼刃全体に頻りに砂流し、金筋がかかり、大変覇気のある焼刃で、匂口良く冴えます。帽子はそのまま乱れ込み先掃きかけて返ります。本作、室町期より続く関鍛冶の名門兼房一門 二十五代目兼房の一口。相州物を思わせる力強い地刃が魅力の御刀です。白鞘、金鍍金二重はばき。






販売店の記載のまま
Gifu · 1926-1989頃
昭和から現代へ 断絶と再生
二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
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