出ました出ました刀装具の世界では古来神様の位にある後藤家3代目乗真の貴重な小柄が出ました。乗真は後藤本家三代目吉久。次郎と言い四郎兵衛と称しました。初代祐乗、二代宗乗、三代乗真を後藤家上三代と言い、古来神格化するほど高価で重要視されています。本乗真は室町時代永正9年(1512年)(512年前)二代宗乗の長男として生まれます。将軍足利義晴、義輝に武士としても仕えました。享禄元年五月五日(1528年)(496年前)凶賊が13代足利義晴将軍の屋敷を襲いましたが乗真は剣で奮戦して多数の賊を追い払いましたこの時乗真16歳。その時の武士としての剛毅さと武勇の手柄で後奈良天皇より菖蒲等の家紋を賜ります。永禄5年(1562年)(462年前)祐乗以来の所領近江坂本に於いて13代将軍義晴や足利義輝を助けた近江の戦国大名六角義賢に組して敵対する浅井長政軍と合戦して湖上で名誉の戦死をした剛猛の武士としても天下に一目置かれる存在です。性格が剛毅な為に本小柄の様に力強い作品がわずかに残されています。室町時代には小柄の製作が少なく後藤家の作品は大名間では素晴らしく貴重な作品の為に、正式な大名の差料で後藤家の目貫、小柄、笄と格式の高い三所物が必要な為に笄を小柄にわざわざ直す必要が有り直した小柄で赤銅魚子地に高彫で茗荷と鋲を彫り彫り口が高く大きく大胆で見事な乗真の茗荷に鋲の図の力強さに只々驚愕します。この度古いお数寄者様から自分も年を取ったので後進の方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に、本来は後藤家当主の極め銘が入った作品でなければ後藤家上3代の作品には極めませんが本小柄の様に誰が見てもどこから拝見しても後藤家3代目乗真の作品と判る位典型的な数の少ない貴重な見事な後藤乗真の小柄の作品を今回特別に格安にてご提供いたします是非お楽しみ下さい。
Certificate reading — 無銘(乗真)








後藤乗真
室町
近江
無銘
保存 (NBTHK)
家彫 · 山城 · 1512-1562頃
現在6点販売中
後藤乗真は、後藤家二代宗乗の嫡男で、俗名を二郎、諱を吉久、のち源四郎治光と称した。足利将軍家義晴・義輝の二公に仕え、近江国坂本に三百町の所領を有していた。永禄五年三月六日、北近江の浅井氏と確執があり、浅井亮政の襲撃を受けて戦死した。享年五十一歳。乗真は彫金工とは別に武将でもあったといわれ、剛勇の性格であったと伝えられている。
乗真の作風は、大振りで力強く、額面いっぱいに彫るのが特徴とされる。特に「山高く谷深く」と形容される雄渾な彫技が目を惹き、対象を高々と彫り上げ、横に拡張する画面構成と相まって雄大な空間を表現する。金紋を据えた作品も多く、その肉置は豊かで力が漲っている。また、赤銅魚子地を高彫とした作例が多く見られ、金、銀、色絵などを施した華やかな作風も存在する。倶利迦羅龍図や獅子文など、後藤家の掟物にも独自の作風を示し、龍の爪は大きく長く、爪先が開くという特色が顕著である。笄を小柄に仕立て直した作品も遺されており、その場合でも額面いっぱいに力強く彫り込まれている。
乗真の作品は、その力強い作風と量感豊かな彫技が高く評価されている。「大振りで力強く」、「額面いっぱいに彫る」[[c:1]]といった特徴は、説示において繰り返し言及される。また、「山高く谷深し」と評される彫りの深さ、抑揚のある肉置、手強い鏨運びなども、乗真作品の魅力として挙げられる。後藤家における重要な刀装具師として、その名跡は後代にも影響を与え、光孝や光守といった後藤家の刀工によって極められた作品も存在する。
後藤乗真の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
時期区分: 古後藤· 1440–1573
現在317点販売中
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。
出ました出ました刀装具の世界では古来神様の位にある後藤家3代目乗真の貴重な小柄が出ました。乗真は後藤本家三代目吉久。次郎と言い四郎兵衛と称しました。初代祐乗、二代宗乗、三代乗真を後藤家上三代と言い、古来神格化するほど高価で重要視されています。本乗真は室町時代永正9年(1512年)(512年前)二代宗乗の長男として生まれます。将軍足利義晴、義輝に武士としても仕えました。享禄元年五月五日(1528年)(496年前)凶賊が13代足利義晴将軍の屋敷を襲いましたが乗真は剣で奮戦して多数の賊を追い払いましたこの時乗真16歳。その時の武士としての剛毅さと武勇の手柄で後奈良天皇より菖蒲等の家紋を賜ります。永禄5年(1562年)(462年前)祐乗以来の所領近江坂本に於いて13代将軍義晴や足利義輝を助けた近江の戦国大名六角義賢に組して敵対する浅井長政軍と合戦して湖上で名誉の戦死をした剛猛の武士としても天下に一目置かれる存在です。性格が剛毅な為に本小柄の様に力強い作品がわずかに残されています。室町時代には小柄の製作が少なく後藤家の作品は大名間では素晴らしく貴重な作品の為に、正式な大名の差料で後藤家の目貫、小柄、笄と格式の高い三所物が必要な為に笄を小柄にわざわざ直す必要が有り直した小柄で赤銅魚子地に高彫で茗荷と鋲を彫り彫り口が高く大きく大胆で見事な乗真の茗荷に鋲の図の力強さに只々驚愕します。この度古いお数寄者様から自分も年を取ったので後進の方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に、本来は後藤家当主の極め銘が入った作品でなければ後藤家上3代の作品には極めませんが本小柄の様に誰が見てもどこから拝見しても後藤家3代目乗真の作品と判る位典型的な数の少ない貴重な見事な後藤乗真の小柄の作品を今回特別に格安にてご提供いたします是非お楽しみ下さい。
Certificate reading — 無銘(乗真)








後藤乗真
室町
近江
無銘
保存 (NBTHK)
家彫 · 山城 · 1512-1562頃
現在6点販売中
後藤乗真は、後藤家二代宗乗の嫡男で、俗名を二郎、諱を吉久、のち源四郎治光と称した。足利将軍家義晴・義輝の二公に仕え、近江国坂本に三百町の所領を有していた。永禄五年三月六日、北近江の浅井氏と確執があり、浅井亮政の襲撃を受けて戦死した。享年五十一歳。乗真は彫金工とは別に武将でもあったといわれ、剛勇の性格であったと伝えられている。
乗真の作風は、大振りで力強く、額面いっぱいに彫るのが特徴とされる。特に「山高く谷深く」と形容される雄渾な彫技が目を惹き、対象を高々と彫り上げ、横に拡張する画面構成と相まって雄大な空間を表現する。金紋を据えた作品も多く、その肉置は豊かで力が漲っている。また、赤銅魚子地を高彫とした作例が多く見られ、金、銀、色絵などを施した華やかな作風も存在する。倶利迦羅龍図や獅子文など、後藤家の掟物にも独自の作風を示し、龍の爪は大きく長く、爪先が開くという特色が顕著である。笄を小柄に仕立て直した作品も遺されており、その場合でも額面いっぱいに力強く彫り込まれている。
乗真の作品は、その力強い作風と量感豊かな彫技が高く評価されている。「大振りで力強く」、「額面いっぱいに彫る」[[c:1]]といった特徴は、説示において繰り返し言及される。また、「山高く谷深し」と評される彫りの深さ、抑揚のある肉置、手強い鏨運びなども、乗真作品の魅力として挙げられる。後藤家における重要な刀装具師として、その名跡は後代にも影響を与え、光孝や光守といった後藤家の刀工によって極められた作品も存在する。
後藤乗真の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
時期区分: 古後藤· 1440–1573
現在317点販売中
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。