説明

乗真は後藤本家三代目吉久。次郎と言い四郎兵衛と称しました。初代祐乗、二代宗乗、三代乗真を後藤家上三代と言い、古来神格化するほど高価で重要視されています。本乗真は永正9年(1512年)(505年前)二代宗乗の長男として生まれます。将軍足利義晴、義輝に武士としても仕えました。享禄元年五月五日凶賊が将軍の屋敷を襲いましたが乗真は奮戦して賊を追い払いましたこの時乗真20歳。その時の手柄で後奈良天皇より菖蒲等の家紋を賜りました。永禄5年(1562年)祐乗以来の所領近江坂本に於いて浅井伊政と合戦して湖上で戦死をします。性格が剛毅な為に力強い作品が残されています。本目貫には後藤本家十四代桂乗光守の寛政三年六月七日(1750年)(267年前)の大判二枚(小判20両)(現在の貨幣価値で300万円)の折り紙が付本乗真の鴛鴦の目貫に一段と格式を付けています。是非お楽しみ下さい。

m-102 目貫 鴛鴦(おしどり)の図 赤銅地(無銘乗真光守折紙付属)

m-102 目貫 鴛鴦(おしどり)の図 赤銅地(無銘乗真光守折紙付属)

目貫

¥550,000

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時代

Muromachi

作者について

Goto Joshin後藤乗真

1 重要美術品5 特別重要刀剣61 重要刀剣

後藤乗真は、後藤家二代宗乗の嫡男で、俗名を二郎、諱を吉久、のち源四郎治光と称した。足利将軍家義晴・義輝の二公に仕え、近江国坂本に三百町の所領を有していた。永禄五年三月六日、北近江の浅井氏と確執があり、浅井亮政の襲撃を受けて戦死した。享年五十一歳。乗真は彫金工とは別に武将でもあったといわれ、剛勇の性格であったと伝えられている。 乗真の作風は、大振りで力強く、額面いっぱいに彫るのが特徴とされる。特に「山高く谷深く」と形容される雄渾な彫技が目を惹き、対象を高々と彫り上げ、横に拡張する画面構成と相まって雄大な空間を表現する。金紋を据えた作品も多く、その肉置は豊かで力が漲っている。また、赤銅魚子地を高彫とした作例が多く見られ、金、銀、色絵などを施した華やかな作風も存在する。倶利迦羅龍図や獅子文など、後藤家の掟物にも独自の作風を示し、龍の爪は大きく長く、爪先が開くという特色が顕著である。笄を小柄に仕立て直した作品も遺されており、その場合でも額面いっぱいに力強く彫り込まれている。 乗真の作品は、その力強い作風と量感豊かな彫技が高く評価されている。「大振りで力強く」、「額面いっぱいに彫る」といった特徴は、説示において繰り返し言及される。また、「山高く谷深し」と評される彫りの深さ、抑揚のある肉置、手強い鏨運びなども、乗真作品の魅力として挙げられる。後藤家における重要な刀装具師として、その名跡は後代にも影響を与え、光孝や光守といった後藤家の刀工によって極められた作品も存在する。

刀剣商

明倫産業

nipponto.co.jp

¥550,000

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