後藤乗真 小柄 後藤延乗極め、並びに桑原羊次郎(研究家・著者)による明治期折紙附 日本の装身具製作の歴史において、後藤家は、その永きにわたる繁栄と卓越した技術において、他を圧倒する存在です。初代・後藤祐乗は、徳川幕府による天下統一の百五十年以上前、足利義政に仕えました。以来、十六代にわたり正系(家彫)の工匠たちがその技を継承・昇華させ、後年、石黒、東明、岩本といった諸派の名工たちの誕生にも多大な影響を与えました。 後藤家の金具は、将軍家への登城や公務の際の正式な装い(正装)として定着しました。これは諸大名の装束に統一感をもたらすと同時に、華美に流れすぎることなく、武士としての品格とアイデンティティを示すものとなりました。また、金属の純度や合金技術に関する深い知見、そして高い社会的地位により、後藤家正系は幕府の金座や貨幣鋳造の管理という重責も担いました。 後藤家の作品は、貴族から豪商に至るまで広く羨望の的となりました。特に「三所物」(小柄・笄・目貫の揃い)は極めて希少かつ貴重なものとされ、大名間や高位の階級における進物として重用されました。 1440年から1879年まで続く後藤家十七代のうち、初代から三代までを「上三代」と呼び、神格化された名工として崇めています。また、初代祐乗、二代宗乗、三代乗真、四代光乗、五代徳乗までを総称して「古後藤」と呼び、格別の扱いとしています。 本作の作者である乗真は永正九年(1512年)に生まれました。祖父・祐乗、父・宗乗と同様に、日本中が戦火に包まれた「戦国時代」の激動の中で、その力強くも精緻な名品を世に送り出したのです。
Certificate reading — 銘 紋乗真 光孝(花押)








後藤乗真
室町
特別保存
家彫 · 山城 · 1512-1562頃
現在6点販売中
後藤乗真は、後藤家二代宗乗の嫡男で、俗名を二郎、諱を吉久、のち源四郎治光と称した。足利将軍家義晴・義輝の二公に仕え、近江国坂本に三百町の所領を有していた。永禄五年三月六日、北近江の浅井氏と確執があり、浅井亮政の襲撃を受けて戦死した。享年五十一歳。乗真は彫金工とは別に武将でもあったといわれ、剛勇の性格であったと伝えられている。
乗真の作風は、大振りで力強く、額面いっぱいに彫るのが特徴とされる。特に「山高く谷深く」と形容される雄渾な彫技が目を惹き、対象を高々と彫り上げ、横に拡張する画面構成と相まって雄大な空間を表現する。金紋を据えた作品も多く、その肉置は豊かで力が漲っている。また、赤銅魚子地を高彫とした作例が多く見られ、金、銀、色絵などを施した華やかな作風も存在する。倶利迦羅龍図や獅子文など、後藤家の掟物にも独自の作風を示し、龍の爪は大きく長く、爪先が開くという特色が顕著である。笄を小柄に仕立て直した作品も遺されており、その場合でも額面いっぱいに力強く彫り込まれている。
乗真の作品は、その力強い作風と量感豊かな彫技が高く評価されている。「大振りで力強く」、「額面いっぱいに彫る」[[c:1]]といった特徴は、説示において繰り返し言及される。また、「山高く谷深し」と評される彫りの深さ、抑揚のある肉置、手強い鏨運びなども、乗真作品の魅力として挙げられる。後藤家における重要な刀装具師として、その名跡は後代にも影響を与え、光孝や光守といった後藤家の刀工によって極められた作品も存在する。
後藤乗真の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
時期区分: 古後藤· 1440–1573
現在317点販売中
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト後藤乗真 小柄 後藤延乗極め、並びに桑原羊次郎(研究家・著者)による明治期折紙附 日本の装身具製作の歴史において、後藤家は、その永きにわたる繁栄と卓越した技術において、他を圧倒する存在です。初代・後藤祐乗は、徳川幕府による天下統一の百五十年以上前、足利義政に仕えました。以来、十六代にわたり正系(家彫)の工匠たちがその技を継承・昇華させ、後年、石黒、東明、岩本といった諸派の名工たちの誕生にも多大な影響を与えました。 後藤家の金具は、将軍家への登城や公務の際の正式な装い(正装)として定着しました。これは諸大名の装束に統一感をもたらすと同時に、華美に流れすぎることなく、武士としての品格とアイデンティティを示すものとなりました。また、金属の純度や合金技術に関する深い知見、そして高い社会的地位により、後藤家正系は幕府の金座や貨幣鋳造の管理という重責も担いました。 後藤家の作品は、貴族から豪商に至るまで広く羨望の的となりました。特に「三所物」(小柄・笄・目貫の揃い)は極めて希少かつ貴重なものとされ、大名間や高位の階級における進物として重用されました。 1440年から1879年まで続く後藤家十七代のうち、初代から三代までを「上三代」と呼び、神格化された名工として崇めています。また、初代祐乗、二代宗乗、三代乗真、四代光乗、五代徳乗までを総称して「古後藤」と呼び、格別の扱いとしています。 本作の作者である乗真は永正九年(1512年)に生まれました。祖父・祐乗、父・宗乗と同様に、日本中が戦火に包まれた「戦国時代」の激動の中で、その力強くも精緻な名品を世に送り出したのです。
Certificate reading — 銘 紋乗真 光孝(花押)








後藤乗真
室町
特別保存
家彫 · 山城 · 1512-1562頃
現在6点販売中
後藤乗真は、後藤家二代宗乗の嫡男で、俗名を二郎、諱を吉久、のち源四郎治光と称した。足利将軍家義晴・義輝の二公に仕え、近江国坂本に三百町の所領を有していた。永禄五年三月六日、北近江の浅井氏と確執があり、浅井亮政の襲撃を受けて戦死した。享年五十一歳。乗真は彫金工とは別に武将でもあったといわれ、剛勇の性格であったと伝えられている。
乗真の作風は、大振りで力強く、額面いっぱいに彫るのが特徴とされる。特に「山高く谷深く」と形容される雄渾な彫技が目を惹き、対象を高々と彫り上げ、横に拡張する画面構成と相まって雄大な空間を表現する。金紋を据えた作品も多く、その肉置は豊かで力が漲っている。また、赤銅魚子地を高彫とした作例が多く見られ、金、銀、色絵などを施した華やかな作風も存在する。倶利迦羅龍図や獅子文など、後藤家の掟物にも独自の作風を示し、龍の爪は大きく長く、爪先が開くという特色が顕著である。笄を小柄に仕立て直した作品も遺されており、その場合でも額面いっぱいに力強く彫り込まれている。
乗真の作品は、その力強い作風と量感豊かな彫技が高く評価されている。「大振りで力強く」、「額面いっぱいに彫る」[[c:1]]といった特徴は、説示において繰り返し言及される。また、「山高く谷深し」と評される彫りの深さ、抑揚のある肉置、手強い鏨運びなども、乗真作品の魅力として挙げられる。後藤家における重要な刀装具師として、その名跡は後代にも影響を与え、光孝や光守といった後藤家の刀工によって極められた作品も存在する。
後藤乗真の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
時期区分: 古後藤· 1440–1573
現在317点販売中
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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