二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
造り込み:鎬造、庵棟、調和のとれた反り。重ねは厚く平肉が豊かにつき、手持ちが重い(ハバキを除いて645グラム)。身幅は元幅広く、元から延びた中切先にかけての先細りが少ない。 鍛え(肌):鍛え肌は板目肌。平地は地沸と呼ばれる輝く粒子で覆われ、地景と呼ばれる黒ずんだ沸の線が鋼から湧き出している。鎬地は真面な直ぐの目状となる。 焼入(刃文):刃文の基調は「焼き出し」の形式で始まり、丁子乱れ(丁子の実のような文様)、尖り刃、互の目(規則的な起伏)が混じった華やかで焼幅の広い刃文となる。飛び焼の働きがその躍動的な外観をさらに高めている。刃文の中は柔らかな匂口を基調とし、互の目の谷に伸びる足、流れる「砂流し」、浮き上がる「葉」が見られ、これらすべてが豊富でダイナミックな沸の働きを示している。刃縁は、刃文の谷の部分に微細な沸が厚く集まっているため、特に明るく冴えている。 帽子:刃文は横手の下から互の目が続き、大丸へと返っている。 茎:生、鑢目は大筋違。目釘孔1個。茎尻は剣形。茎の裏の角は平らで、大筋違の化粧鑢が施されている。表側の鎬筋に沿って「相模守藤原泰幸」と長銘がある。 初代泰幸はもともと美濃国の出身です。慶長15年(1610年)2月の名古屋城築城に伴い、城下町の南長島町(現在の名古屋市中区)に移り住んで作刀に従事し、「能登守」を受領しました。「能登守泰幸」と銘打たれた作品には、寛永8年、13年、15年、18年、20年(1631–1643年)の年紀が知られています。 本作は二代相模守泰幸による長脇差です。俗名は新兵衛といい、初代とともに長島町に居住しました。彼の年紀作としては寛文5年、7年、8年、10年(1665–1670年)のものが知られています。初代と比較して、彼の銘と鑢目は著しく深くなっています。初代の茎尻が刃上がりの栗尻形であるのに対し、二代のものは剣形です。 この脇差の威風堂々とした力強い姿は、尾張武士の威厳を反映しています。茎の鑢目や鏨運びは鮮明に残されており、刀身の状態も極めて良好です。これは尾張新刀の技巧の至高の例であり、鮮烈に働く刃文の中に力強い大乱れを見せています。相模守藤原泰幸によって鍛えられた、尾張新刀の白眉といえる傑作です。 最近の良質な研ぎ/状態評価:excellent - very good(mint-excellent-very good-good-fair-poorの尺度を使用)。 金着一重ハバキ、白鞘入り。 参考文献: 『尾張刀工譜』名古屋市教育委員会、昭和59年(1984年)3月31日
Certificate reading — 銘 相模守藤原泰幸



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尾張 · 1673-1681頃
藤代 中上作 · 刀剣大鑑 上位77%
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江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
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