江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
造り込み:鎬造、庵棟。身幅は元で広く、先にかけて適度な踏ん張りがあり、浅い反りがついて中切先が延びる。 鍛え(肌):鍛え肌は目立つ板目木肌に、流れるような正味(Masame ware)が交じる。平地は地沸と呼ばれる均一で輝く微粒子に覆われ、地景と呼ばれる暗色の沸の点が鋼から湧き出す。鎬地は詰んだ直ぐの柾目肌を見せる。 焼入(刃文):刃文は「焼き出し」の傾斜から始まり、小互の目、尖り刃、丁子に、形状と高さの変化に富んだお玉杓子風の丁子が交じる。刃文の一部が表面に飛び出し、孤立した玉火(Tobiyaki)を生じる。 茎(Nakago):UBU、穴1つ。大筋違鑢目。剣形尻。茎の裏も大筋違鑢目を見せる。刃表の銘は受領名の相模守から始まり、氏の藤原、そして作者名の泰幸と続き、反対の面には製作年である寛文八年二月吉日の年紀がある。 美濃国に生まれた初代泰幸は、慶長15年(1610)2月の名古屋城移封に伴い、名古屋の南長島町へ移住した。彼は「能登守」の受領名を得ており、資料には寛永8、13、15、18、20年(1631-1643)の年紀が示されている。 この脇差は、相模守を称した2代泰幸の作品である。本名は新兵衛。資料には寛文5、7、8、10年(1665-1670)の年紀が見られる。初代の作と比較すると、彼の作品は銘の鏨が太く深く、鑢目も同様に深い。尻の形状は剣形であるが、初代のものは栗尻である。 この脇差は、広い身幅と豊かな平肉を備えた頑健な造りで、手持ちが重い。極上の鋼による出来映えと、寛文8年(1668)という製作年紀は、歴史的価値をも加えている。 黒石目地塗鞘脇差拵付 (拵全体の写真:表/裏/金具の詳細写真) 縁頭:能楽図、赤銅石目地、高彫、色絵、無銘 目貫:柴束図、赤銅容彫、色絵 鍔:六角形意匠、真鍮地、鋤出彫、毛彫、無銘 小柄:散胡桃図、赤銅魚子地、高彫、色絵、無銘 柄:白鮫皮に濃紺色絹糸諸摘菱巻 金箔一重柄白、白鞘に収められている。 古い良研ぎ/状態評価:mint-excellent(mint-excellent-very good-good-fair-poorの尺度による)。 参考文献: 岩田阿登著『尾張刀工譜』1985年 発行:名古屋市教育委員会




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尾張 · 1673-1681頃
藤代 中上作 · 刀剣大鑑 上位77%
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江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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