二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
造り込み:鎬造、庵棟、身幅広く、重ね厚く、元から延びた中切先まで先幅があまり落ちない。手に持つと勇壮な重みがある(ハバキを除いて588グラム)。 鍛え(肌):細かな木目肌で、鎬地は真面肌となる。平地は煌めく地沸がつき、黒ずんだ地景の働きがある。 帽子:切先の焼刃は横手で互の目となり、帽子に沿って直ぐとなり、中丸で少し長く返る。 茎:生、穴1つ。急な左下がりの大筋違の鑢目があり、棟は平で急な左下がりの?筋違の鑢目がある。茎尻は不揃いなV字型の刃上がり剣形となる。表側の棟寄りに「大和守源康道」と長い銘がある。 大和守源康道は、慶長期の初代貴道の庶子で、本名は丹羽金左衛門。当初は源貴道と銘じていた。後に大坂の河内守康道の門人となった。帰郷後、五人扶持で尾張徳川家に仕えた。 名古屋の伊勢町に工房を構え、大和守を受領して康道と改名した。尾張刀工譜によれば、寛文2年、7年、8年、11年の年紀作があり、中には『以南蛮鉄作之』という添銘があるものもあるという。 寛永から延宝にかけては刀剣の需要が高かった。武芸の盛んな尾張国では、特に頑丈な刀姿が好まれた。その結果、彼の作品は身幅が広く、切先が延びた中切先へとカーブする際立った切断部位を持ち、威厳のある堂々とした形状を特徴としている。尾張の武士にふさわしい名品の風格を漂わせている。 茎の鑢目や銘の鏨跡も鮮明に残っており、地鉄と刃文の両方が生き生きと鋭く残っている。 銀箔二重尾張ハバキ付き、白鞘入り。 参考文献: 尾張刀工譜、名古屋市教育委員会、1984年(昭和59年)3月31日
Certificate reading — 銘 大和守源康道



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美濃 · 1661-1673頃
藤代 中作 · 刀剣大鑑 上位97%
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江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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