刃長72.3センチ 反り1.41センチ 元幅29.1ミリ 元重ね9.4ミリ 物打幅22.8ミリ 物打重ね6.8ミリ 横手位置幅19.6ミリ 松葉先重ね5.2ミリ 裸身重量864グラム。 明治2年(1869) The early years of Meji era 昭和62年1月22日 東京都登録 附属 保存刀剣鑑定書、素銅はばき、白鞘 壽孝は濱部壽幸門人で、壽重の弟。幕末の慶應頃に因幡の国で槌を振るいました。御周知の通り、明治になって廃刀令が発され、惜しくもその才覚を発揮することが叶わなかったため、本刀はその壽孝の作品数少ない珍しい作品です。 杢目肌元の方少しく肌立ち、元より先は地鉄詰む。刃文は匂口明るい直刃仕立てで、所々に節交え、金筋入り、食い違い風の刃交じり、帽子は延びて直ぐに先大丸に返る。 反りやや浅目で元先の差がさほどまで開かず、帽子が延びた強い姿が幕末に流行しました。重ねがうんと厚く、頑丈な本刀は、時流に乗って実戦を想定した特別な註文によるものであろう。 現状でも地刃を御観賞頂けますが、一部に小錆が出ています。研磨頂くことを想定し、お求め易い価格で御案内致しますので、御希望の方は是非とも当店にて研磨御用命下さい。 各種クレジットカード、ショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。
Certificate reading — 銘 梶川寿孝(花押)明治二年八月日
在銘 · 明治 · 長さ 72.3cm · 反り 1.41cm









家彫
現在1点販売中
家彫 · Kyoto
現在68点販売中
脇後藤 脇後藤とは、刀装具製作において歴代にわたり権威を保った後藤宗家に対し、その傍系・分家にあたる諸家の総称である。後藤家は室町時代以来、足利将軍家・徳川幕府に仕え、その彫物は「家彫」と称されて市井の需要に応じた「町彫」と区別され、刀装金工の最高峰と仰がれた。脇後藤はこの宗家の血脈と技法を分かち、京都および江戸の中央のみならず諸国へとその伝統を広めた一群である。室町末期に活躍したと伝わる光乗をはじめ、程乗の次男にして理兵衛家を興した悦乗、権兵衛家の順乗、勘兵衛家の東乗・光文、半左衛門家の光正、次左衛門家の光久など、多くの名工がこの系譜に名を連ねている。とりわけ悦乗光邦は寛永十九年に京都に生まれ、加賀前田家より百五十石を賜り、勘兵衛家の演乗と隔年で加州金沢に住して門人を育成し、加賀後藤の隆盛に大きく寄与した。 作風は専ら後藤の御家流を基調とし、赤銅魚子地を高彫あるいは鋤出高彫とし、これに金色絵を施すのを本領とする。魚子地は細かく整然として深く澄み、肉置きも優れる。光乗は桐紋・鳳凰・百足などの意匠を好み、その魚子地と高彫の肉取りに後藤上三代の遺風を伝える。悦乗は龍や獅子といった後藤の掟物のみならず、滑らかな赤銅の波文地に尾鰭を跳ね上げ勢いよく海上を飛ぶ鯱を、隅々まで細緻な鏨の活きた金紋であらわすなど、一風変わった趣向の作をも遺し、小柄笄の仕立・肉置は父程乗に全く同じく、金の色あいよく彫技も傑出する。幕末に至っては、光文の七夕図に見るごとく、赤銅魚子地の高彫金色絵を蒔絵・螺鈿の鞘と取り合わせ、加賀工芸の極致と称される優美な刀装をも生み出している。 評価においては、脇後藤の作はいずれも父祖の御家流を忠実に継ぎつつ、各家それぞれに独自の意匠と卓越した彫技を加えた点が高く評価される。順乗の双龍図鐔が「後藤傍系作品中の傑出作」[[c:1]]と称されるごとく、傍系にありながら宗家に劣らぬ技量を示す作が少なくない。在銘品が比較的少ないため、その遺品はいずれも資料的価値が高く、後藤家研究の好資料として珍重される。理兵衛家の加州移住によって伝統は京・江戸の外へも広がり、加賀後藤として一地方の金工を興隆させた。かくして脇後藤は、後藤宗家の家彫の伝統を時代の好尚に応じて展開させながらその品格を保ち続けた一流として、日本刀装金工史上に重要な位置を占めている。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
刃長72.3センチ 反り1.41センチ 元幅29.1ミリ 元重ね9.4ミリ 物打幅22.8ミリ 物打重ね6.8ミリ 横手位置幅19.6ミリ 松葉先重ね5.2ミリ 裸身重量864グラム。 明治2年(1869) The early years of Meji era 昭和62年1月22日 東京都登録 附属 保存刀剣鑑定書、素銅はばき、白鞘 壽孝は濱部壽幸門人で、壽重の弟。幕末の慶應頃に因幡の国で槌を振るいました。御周知の通り、明治になって廃刀令が発され、惜しくもその才覚を発揮することが叶わなかったため、本刀はその壽孝の作品数少ない珍しい作品です。 杢目肌元の方少しく肌立ち、元より先は地鉄詰む。刃文は匂口明るい直刃仕立てで、所々に節交え、金筋入り、食い違い風の刃交じり、帽子は延びて直ぐに先大丸に返る。 反りやや浅目で元先の差がさほどまで開かず、帽子が延びた強い姿が幕末に流行しました。重ねがうんと厚く、頑丈な本刀は、時流に乗って実戦を想定した特別な註文によるものであろう。 現状でも地刃を御観賞頂けますが、一部に小錆が出ています。研磨頂くことを想定し、お求め易い価格で御案内致しますので、御希望の方は是非とも当店にて研磨御用命下さい。 各種クレジットカード、ショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。
Certificate reading — 銘 梶川寿孝(花押)明治二年八月日
在銘 · 明治 · 長さ 72.3cm · 反り 1.41cm









家彫
現在1点販売中
家彫 · Kyoto
現在68点販売中
脇後藤 脇後藤とは、刀装具製作において歴代にわたり権威を保った後藤宗家に対し、その傍系・分家にあたる諸家の総称である。後藤家は室町時代以来、足利将軍家・徳川幕府に仕え、その彫物は「家彫」と称されて市井の需要に応じた「町彫」と区別され、刀装金工の最高峰と仰がれた。脇後藤はこの宗家の血脈と技法を分かち、京都および江戸の中央のみならず諸国へとその伝統を広めた一群である。室町末期に活躍したと伝わる光乗をはじめ、程乗の次男にして理兵衛家を興した悦乗、権兵衛家の順乗、勘兵衛家の東乗・光文、半左衛門家の光正、次左衛門家の光久など、多くの名工がこの系譜に名を連ねている。とりわけ悦乗光邦は寛永十九年に京都に生まれ、加賀前田家より百五十石を賜り、勘兵衛家の演乗と隔年で加州金沢に住して門人を育成し、加賀後藤の隆盛に大きく寄与した。 作風は専ら後藤の御家流を基調とし、赤銅魚子地を高彫あるいは鋤出高彫とし、これに金色絵を施すのを本領とする。魚子地は細かく整然として深く澄み、肉置きも優れる。光乗は桐紋・鳳凰・百足などの意匠を好み、その魚子地と高彫の肉取りに後藤上三代の遺風を伝える。悦乗は龍や獅子といった後藤の掟物のみならず、滑らかな赤銅の波文地に尾鰭を跳ね上げ勢いよく海上を飛ぶ鯱を、隅々まで細緻な鏨の活きた金紋であらわすなど、一風変わった趣向の作をも遺し、小柄笄の仕立・肉置は父程乗に全く同じく、金の色あいよく彫技も傑出する。幕末に至っては、光文の七夕図に見るごとく、赤銅魚子地の高彫金色絵を蒔絵・螺鈿の鞘と取り合わせ、加賀工芸の極致と称される優美な刀装をも生み出している。 評価においては、脇後藤の作はいずれも父祖の御家流を忠実に継ぎつつ、各家それぞれに独自の意匠と卓越した彫技を加えた点が高く評価される。順乗の双龍図鐔が「後藤傍系作品中の傑出作」[[c:1]]と称されるごとく、傍系にありながら宗家に劣らぬ技量を示す作が少なくない。在銘品が比較的少ないため、その遺品はいずれも資料的価値が高く、後藤家研究の好資料として珍重される。理兵衛家の加州移住によって伝統は京・江戸の外へも広がり、加賀後藤として一地方の金工を興隆させた。かくして脇後藤は、後藤宗家の家彫の伝統を時代の好尚に応じて展開させながらその品格を保ち続けた一流として、日本刀装金工史上に重要な位置を占めている。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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