縁長40.0ミリ 縁腰高14.7ミリ 頭長35.3ミリ 重さ53.0g 江戸時代 The Edo era 附属 保存刀装具鑑定書、桐箱 打越弘寿は水戸で生まれ、名を文七、後に円蔵と名乗り、同地で有力な金工矢田部通寿の系統を継ぐ玉川吉長に師事。江戸にも赴いて奈良派の浜野一門に学んだとも伝えられており、郷里の水戸や江戸神田に於いて緻密で量感のある優れた作品を制作し、門人も多く養成して活躍しました。 この縁頭は、気品ある色味の赤銅に細やかな魚子を丹念に打ち込み、その上に能楽師が舞を披露する姿を、まるで息づかいまで伝わるかのように巧緻な彫技で表した逸品です。 能面の陰影、衣紋の流れ、舞の緩急までも映し出すような彫り口には、卓越した職工の力量が明確に示されており、観る者を静謐な雅の世界へと誘います。 鑑賞用としては勿論、拵に添えても格を一段と高める、まさに縁頭の名品です。
Certificate reading — 銘 一乗斎 弘寿(花押)







江戸
在銘
保存 (NBTHK)
町彫 · 常陸 · 1670頃
現在6点販売中
弘寿の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · 常陸
現在79点販売中
水戸派は江戸時代後期から幕末にかけて、常陸国水戸藩を中心に発展した刀装金工の一派である。篠崎勝茂を直系とする水戸金工群は、藩の庇護のもとで御用彫物師の地位を確立し、赤銅魚子地に高彫という手法を用いた作品を数多く制作した。横谷派の影響を受けつつも独自の様式を展開し、人物図を得意とする玉川派の系譜を引く工人たちが、牡丹獅子図や七福神図などの吉祥文様を立体的な彫技で表現した。 代表的な工人である生涼軒萩谷勝平は、文化元年に水戸に生まれ、篠崎勝茂の門に学んだ後、天保十五年より藩の御用彫物師となった。通称を弥介といい、門人にこの一字を与えたことでも知られる。勝平の作品は赤銅魚子地に高彫という技法を用い、銀象嵌や金布目象嵌を豊富に施した華麗な作風を特徴とする。獅子の巻毛や牡丹の花弁を実に立体的に彫り上げ、色絵も的確で隙のない工法により、質感に富んだ鮮やかな仕上がりを見せる。竜田川図や流水紅葉散図などの自然文様においても、高い技術による完成度の高い表現を残している。 水戸派は多くの優れた門人を育成し、勝平の門からは滑川貞勝、海野勝珉、鈴木勝容などの名工が輩出している。海野美盛の門人である海野美秋、海野美春も人物表現に巧みで、師の玉川派の流れを汲む丁寧な色絵技法を受け継いだ。額川保誠のような後期の工人たちは、家紋散図など正統的な形式による作品を制作し、幕末の水戸金工群の充実ぶりを示している。水戸派の作品は堅実丁寧な技が光り、幕末金工史における重要な位置を占めている。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
縁長40.0ミリ 縁腰高14.7ミリ 頭長35.3ミリ 重さ53.0g 江戸時代 The Edo era 附属 保存刀装具鑑定書、桐箱 打越弘寿は水戸で生まれ、名を文七、後に円蔵と名乗り、同地で有力な金工矢田部通寿の系統を継ぐ玉川吉長に師事。江戸にも赴いて奈良派の浜野一門に学んだとも伝えられており、郷里の水戸や江戸神田に於いて緻密で量感のある優れた作品を制作し、門人も多く養成して活躍しました。 この縁頭は、気品ある色味の赤銅に細やかな魚子を丹念に打ち込み、その上に能楽師が舞を披露する姿を、まるで息づかいまで伝わるかのように巧緻な彫技で表した逸品です。 能面の陰影、衣紋の流れ、舞の緩急までも映し出すような彫り口には、卓越した職工の力量が明確に示されており、観る者を静謐な雅の世界へと誘います。 鑑賞用としては勿論、拵に添えても格を一段と高める、まさに縁頭の名品です。
Certificate reading — 銘 一乗斎 弘寿(花押)







江戸
在銘
保存 (NBTHK)
町彫 · 常陸 · 1670頃
現在6点販売中
弘寿の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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町彫 · 常陸
現在79点販売中
水戸派は江戸時代後期から幕末にかけて、常陸国水戸藩を中心に発展した刀装金工の一派である。篠崎勝茂を直系とする水戸金工群は、藩の庇護のもとで御用彫物師の地位を確立し、赤銅魚子地に高彫という手法を用いた作品を数多く制作した。横谷派の影響を受けつつも独自の様式を展開し、人物図を得意とする玉川派の系譜を引く工人たちが、牡丹獅子図や七福神図などの吉祥文様を立体的な彫技で表現した。 代表的な工人である生涼軒萩谷勝平は、文化元年に水戸に生まれ、篠崎勝茂の門に学んだ後、天保十五年より藩の御用彫物師となった。通称を弥介といい、門人にこの一字を与えたことでも知られる。勝平の作品は赤銅魚子地に高彫という技法を用い、銀象嵌や金布目象嵌を豊富に施した華麗な作風を特徴とする。獅子の巻毛や牡丹の花弁を実に立体的に彫り上げ、色絵も的確で隙のない工法により、質感に富んだ鮮やかな仕上がりを見せる。竜田川図や流水紅葉散図などの自然文様においても、高い技術による完成度の高い表現を残している。 水戸派は多くの優れた門人を育成し、勝平の門からは滑川貞勝、海野勝珉、鈴木勝容などの名工が輩出している。海野美盛の門人である海野美秋、海野美春も人物表現に巧みで、師の玉川派の流れを汲む丁寧な色絵技法を受け継いだ。額川保誠のような後期の工人たちは、家紋散図など正統的な形式による作品を制作し、幕末の水戸金工群の充実ぶりを示している。水戸派の作品は堅実丁寧な技が光り、幕末金工史における重要な位置を占めている。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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