江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
重要刀剣『和泉守藤原国貞』 刀剣種別 『脇指(寸伸び短刀)』 『Wakizashi(Tanto)』 銘『和泉守藤原国貞』 『Izuminkoami fujiwara KUNISADA』 日本刀 鑑定書『日本美術刀剣保存協会 重要 刀剣』 NBTHK 『Juyo Paper』 時代『寛永頃』 Production age 『AD1624』 初代和泉守国貞(親国貞)は日向に生まれ、にち上洛して堀川国広に学ぶというが、その初期の作風・銘振り等から鑑みて、実際は門下の先輩格である越後守国儔から指導を受けたものと思われる。慶長十九年、国広が歿した時、彼は二十五歳の若さであった。その後、同門の初代河内守国助と共に大阪に移住し、元和九年九月十五日泉野守を受領した。晩年は入道して道和と称したと伝え、慶安五年六十三歳で歿した。 この脇指は、初代国貞には極めて珍しい皆焼を焼いたもので、こうした作風は、経眼稀である。小板目が詰み地沸の微塵に厚くついた鍛えに、刃文は小湾れに互の目・尖りごころの刃等が交じり、皆焼・棟焼を交えて皆焼となり、匂深く、沸厚くつき、金筋・砂流しかかるなど、華やかな出来口に仕上がっている。相州の広光・秋広、或いは山城の長谷部あたりに私淑したものであろうか、資料性の高い出色の出来映えを示した見事な一口である。 『形状』平造、三ツ棟、身幅広く寸延び、重ね厚く、元に踏張りごころあり、反り浅くつく。 『鍛』小板目に所々杢交じり、総じてつみ、地沸微塵に厚くつき、地景細かに入りる。 『刃文』小湾れに互の目・尖りごころの刃・頭の丸い互の目等を交え、焼幅の広い棟焼頻りにかかり、飛焼を加えて皆焼となり、足・葉入り、匂深く、沸厚くつき、匂口沈みごころとなり、金筋・砂流しかかる 『帽子』直ぐに小丸、先掃掛けて長く反り、棟焼に続く。 『茎』生ぶ、先刃上がりの栗尻、鑢目大筋違、目釘孔一、指表棟寄りに長銘あり。 『附』白鞘 『寸法(Size)』 長さ(Blade length)33cm、反り(Sori)0.3cm、 元幅(Width of moto)3.05cm、 元重(Thickness of moto)0.75cm
初代和泉守国貞(親国貞)は日向に生まれ、のち上洛して堀川国広に学ぶというが、その初期の作風・銘振り等から鑑て、実際は門下の先輩格である越後守国儔から指導を受けたものと思われる。慶長十九年、国広が歿した時、彼は二十五歳の若さであった。その後、同門の初代河内守国助と共に大坂に移住し、元和九年九月十五日和泉守を受領した。晩年は入道して道和と称したと伝え、慶安五年六十三歳で歿した。 この脇指は、初代国貞には極めて珍しい皆焼を焼いたもので、こうした作風は、経眼稀である。小板目がつみ地沸の微塵に厚くついた鍛えに、刃文は小湾れに互の目・尖りごころの刃等が交じり、飛焼・棟焼を交えて皆焼となり、匂深く、沸厚くつき、金筋・砂流しかかるなど、華やかな出来口に仕上がっている。相州の広光・秋広、或いは山城の長谷部あたりに私淑したものであろうか、資料性の高い出色の出来映を示した一口である。









江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,348口(約202口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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