
刀 銘 (葵紋)越前康継作之 Katana: Signed. (Aoi-mon) Echizen YASUTSUGU kore wo tsukuru
売却済
世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ
Kanbun (1661-1673)
仕様
71.5 cm
1.79 cm
3.03 cm
2 cm
越前三代康継は権現様お取立ての初代康継三男にて、通称四郎右衛門、後に市右衛門。正保三年に兄の二代康悦康継が没した時は、その嫡子右馬助がまだ幼かったため、これに代わって自らが幕府お抱えの御用を勤めたが、後に三代目を右馬助に譲り、初代が越前松平家より賜っていた足羽の家屋敷(注)を継ぎ、越前三代として福居藩二代当主松平光通に仕えた。これにより、初代以来、越前と江戸を隔年勤務していた康継家の繁忙も解消されたのであった。 この刀は、標本的な銘振りから、越前三代の最盛期寛文年間の作刀と鑑せられ、反り中庸にして姿良く、鉄色も際立って明るい同作中の優刀。鎬筋張りごころの刀身は、鎬地を柾に、平地は杢目肌を多く交えた小板目肌に錬り鍛えられて全面に地沸が白く湧き立ち、肌目に沿って細かな地景が現れ、一部に淡い湯走りが流れ掛かる。広直刃を基調として浅く湾れた刃文は、腰元にやや強い乱れを配して総体が小足の盛んに射す小丁子乱となり、やや沸付いた帽子は先が流れ掛かって小丸に返る。穏やかながら変化に富んだ刃形に、平和な江戸時代にありがちな手綺麗さに終始することのない、自在な焼刃構成とされた様子が窺いとれる。恐らくは、初代同然の作柄を求めた越前藩の注文に応えてのものであろう、地鉄の古調さと共に見事に成功している。 注...寛文五年二月の年紀のある脇差に、於越前足羽とある(『康継大鑑』)。

売却済
世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ
Kanbun (1661-1673)
71.5 cm
1.79 cm
3.03 cm
2 cm
越前三代康継は権現様お取立ての初代康継三男にて、通称四郎右衛門、後に市右衛門。正保三年に兄の二代康悦康継が没した時は、その嫡子右馬助がまだ幼かったため、これに代わって自らが幕府お抱えの御用を勤めたが、後に三代目を右馬助に譲り、初代が越前松平家より賜っていた足羽の家屋敷(注)を継ぎ、越前三代として福居藩二代当主松平光通に仕えた。これにより、初代以来、越前と江戸を隔年勤務していた康継家の繁忙も解消されたのであった。 この刀は、標本的な銘振りから、越前三代の最盛期寛文年間の作刀と鑑せられ、反り中庸にして姿良く、鉄色も際立って明るい同作中の優刀。鎬筋張りごころの刀身は、鎬地を柾に、平地は杢目肌を多く交えた小板目肌に錬り鍛えられて全面に地沸が白く湧き立ち、肌目に沿って細かな地景が現れ、一部に淡い湯走りが流れ掛かる。広直刃を基調として浅く湾れた刃文は、腰元にやや強い乱れを配して総体が小足の盛んに射す小丁子乱となり、やや沸付いた帽子は先が流れ掛かって小丸に返る。穏やかながら変化に富んだ刃形に、平和な江戸時代にありがちな手綺麗さに終始することのない、自在な焼刃構成とされた様子が窺いとれる。恐らくは、初代同然の作柄を求めた越前藩の注文に応えてのものであろう、地鉄の古調さと共に見事に成功している。 注...寛文五年二月の年紀のある脇差に、於越前足羽とある(『康継大鑑』)。

売却済
世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ
Kanbun (1661-1673)
71.5 cm
1.79 cm
3.03 cm
2 cm