永弘は幕末の雄藩である長州藩毛利家の刀工で、文政五年の生まれ(注1)。丁子乱刃の名手備前加賀介祐永門で修業し、真竜子と号し、初めは長門国萩城下に鍛冶場を設け、藩庁の移動と共に、周防国山口城下に移住している。藩庁の移動は異国の攻撃に備えるためで、文久二年七月、公武合体から尊王攘夷に転じた藩は、攘夷を決行後の諸外国からの攻撃に備えて守りを固め、砲台を備えた勝坂関門を急造している。この時、藩主毛利敬親は勝坂関門築造奉行の中谷茂十郎に、賞詞と永弘に精鍛させた短刀(注2)を下賜して忠勤を労っている。 この短刀は、室内での危機を想定して懐に備えた一振。身幅重ね尋常に、僅かに内に反った端正な姿で、両区深く、しかも刃区に生ぶ刃が残されて保存状態は極めて良好。地鉄は小杢目肌が詰み、小粒の地沸が均一に付いて地底に細かな地景が蠢き、無地風とはならずに緻密に立って晴れやかな鉄色を呈する。直刃の焼刃は純白の小沸で刃縁がきりりと締まって明るく、刃中は匂で澄む。帽子は小丸に返る。錆が浅く保存状態が良好な茎には細かな横鑢が入念に掛けられ、二字の銘字と裏年紀が神妙に刻されている。地刃きっぱりとして潔い趣の優品である。 奇麗な秋草蒔絵と秋草図小柄で装われた、懐に収め易い合口拵が付されている。 注1...『日本刀銘鑑』の明治十二年六月六日没(六四)の記述に従えば、文化十三年生まれ。しかし『防長刀工押型集』に「行年四十二才作之」の文久三年八月日紀の刀があり、文政五年生まれとわかる。 注2...元治元年五月三日紀の短刀(弊社蔵)。








周防 · 1865-1868頃
刀剣大鑑 上位60%
現在6点販売中
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
永弘は幕末の雄藩である長州藩毛利家の刀工で、文政五年の生まれ(注1)。丁子乱刃の名手備前加賀介祐永門で修業し、真竜子と号し、初めは長門国萩城下に鍛冶場を設け、藩庁の移動と共に、周防国山口城下に移住している。藩庁の移動は異国の攻撃に備えるためで、文久二年七月、公武合体から尊王攘夷に転じた藩は、攘夷を決行後の諸外国からの攻撃に備えて守りを固め、砲台を備えた勝坂関門を急造している。この時、藩主毛利敬親は勝坂関門築造奉行の中谷茂十郎に、賞詞と永弘に精鍛させた短刀(注2)を下賜して忠勤を労っている。 この短刀は、室内での危機を想定して懐に備えた一振。身幅重ね尋常に、僅かに内に反った端正な姿で、両区深く、しかも刃区に生ぶ刃が残されて保存状態は極めて良好。地鉄は小杢目肌が詰み、小粒の地沸が均一に付いて地底に細かな地景が蠢き、無地風とはならずに緻密に立って晴れやかな鉄色を呈する。直刃の焼刃は純白の小沸で刃縁がきりりと締まって明るく、刃中は匂で澄む。帽子は小丸に返る。錆が浅く保存状態が良好な茎には細かな横鑢が入念に掛けられ、二字の銘字と裏年紀が神妙に刻されている。地刃きっぱりとして潔い趣の優品である。 奇麗な秋草蒔絵と秋草図小柄で装われた、懐に収め易い合口拵が付されている。 注1...『日本刀銘鑑』の明治十二年六月六日没(六四)の記述に従えば、文化十三年生まれ。しかし『防長刀工押型集』に「行年四十二才作之」の文久三年八月日紀の刀があり、文政五年生まれとわかる。 注2...元治元年五月三日紀の短刀(弊社蔵)。








周防 · 1865-1868頃
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日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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