1853年のペリー来航は徳川の泰平をほどき、二世紀ぶりに実用刀の大量需要を生んだ。四谷正宗と呼ばれた清麿はその前夜に世を去り、宗次や行秀が最後の好況を担った。
刀剣小町 刀 表 : (菊紋)一 横山加賀介門 周防国住永弘作 裏 : 千秋万歳 彫物同作 白鞘入(Katana, Suo no kuni Nagahiro) 生茎、先栗尻、鑢目は切鑢から下へ行くにつれごく浅い勝手下がりに変化し、目釘孔1。 刃文は、互の目乱れ、焼高く小沸よくつき、丁子足入り、湯走り・金線・砂流し・掃掛けがかかり、刃中盛んに変化し、匂口冴える。 永弘は、藤田徳次郎といい、備前長船の横山祐永に学び、周防国で江戸時代最末期から明治初期にかけて活躍した刀工、眞龍子と号します。はじめ長州萩で作刀し、元治元年頃に防州山口に移住しました。作品は、万延元年(1860)頃から明治五年(1872)頃までのものが見られます。本作は、精緻な小板目肌に躍動する沸出来の刃文を焼いて刃中明るく、姿の良い一振りです。刀身の出来とよく調和した滝不動と玉追昇龍の浮彫が入念に施されている点も見どころです。 素銅地金着二重ハバキ、白鞘、白鞘袋、拵、拵袋、登録証(東京都 第弐四弐弐五号 昭和四拾九年五月八日交付)、新々刀大鑑 巻之一』(飯村嘉章 著)271頁所載品




周防 · 1865-1868頃
刀剣大鑑 上位60%
現在4点販売中
幕末 最後の需要
1853年のペリー来航は徳川の泰平をほどき、二世紀ぶりに実用刀の大量需要を生んだ。四谷正宗と呼ばれた清麿はその前夜に世を去り、宗次や行秀が最後の好況を担った。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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¥1,100,000
刀剣小町 刀 表 : (菊紋)一 横山加賀介門 周防国住永弘作 裏 : 千秋万歳 彫物同作 白鞘入(Katana, Suo no kuni Nagahiro) 生茎、先栗尻、鑢目は切鑢から下へ行くにつれごく浅い勝手下がりに変化し、目釘孔1。 刃文は、互の目乱れ、焼高く小沸よくつき、丁子足入り、湯走り・金線・砂流し・掃掛けがかかり、刃中盛んに変化し、匂口冴える。 永弘は、藤田徳次郎といい、備前長船の横山祐永に学び、周防国で江戸時代最末期から明治初期にかけて活躍した刀工、眞龍子と号します。はじめ長州萩で作刀し、元治元年頃に防州山口に移住しました。作品は、万延元年(1860)頃から明治五年(1872)頃までのものが見られます。本作は、精緻な小板目肌に躍動する沸出来の刃文を焼いて刃中明るく、姿の良い一振りです。刀身の出来とよく調和した滝不動と玉追昇龍の浮彫が入念に施されている点も見どころです。 素銅地金着二重ハバキ、白鞘、白鞘袋、拵、拵袋、登録証(東京都 第弐四弐弐五号 昭和四拾九年五月八日交付)、新々刀大鑑 巻之一』(飯村嘉章 著)271頁所載品




周防 · 1865-1868頃
刀剣大鑑 上位60%
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幕末 最後の需要
1853年のペリー来航は徳川の泰平をほどき、二世紀ぶりに実用刀の大量需要を生んだ。四谷正宗と呼ばれた清麿はその前夜に世を去り、宗次や行秀が最後の好況を担った。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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