徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 保存刀剣 長信は高橋理兵衛といい、雲州四代目高橋義蔵冬広の門人で、のち養子となり 五代目冬広を継ぐ。天保元年出府して長運斎綱俊に入門、その後松江藩工として江戸麹町平河町の藩邸内で鍛刀する。明治十二年六十 四歳で没し、天賦の才に恵まれた刀工で優品を多く遺している。本作は身幅広く大切先の豪壮な造込みに刃文は備前伝の匂出来締まった丁子を華やかに焼いている。








脇物 · 出雲 · 1830-1860頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位31%
現在2点販売中
長信の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
脇物 · 出雲
現在2点販売中
雲州は出雲国を指す呼称であり、ここに括られるのは同国に縁を持つ工である。説示に名の挙がるのは二工で、時代も作域も大きく隔たる。古い側は雲州忠貞で、二字銘を切り、その作は永正頃とみられる。新しい側は雲州長信、すなわち高橋理兵衛で、自ら若州冬広の十七代目を称し、天保の末年頃に江戸へ出て長運斎綱俊の門に学び、後に認められて松江の松平家の抱え工となり、明治十二年に没した。忠貞が中世末の地方工であるのに対し、長信は綱俊の系統を承けた幕末新刀の作者であって、両者を一つの伝統として括ることはできず、出雲という土地を介してここに並ぶ。 作風は工によって異なる。長信は長寸で姿の豪壮なものが多く、地鉄は小板目がよくつんで無地風となり、足の揃った丁子を得意とし、匂口の深い沸出来をみせる。掲げられた一刀は身幅広く重ね薄め、腰反りついて大鋒となり、互の目に尖りごころの刃や角ばる刃を交え、頭の丸い互の目を基調に高低を見せて華やかに乱れ、匂口が明るく冴える。これは綱俊門らしい房の細い丁子とはやや趣を異にし、山浦一門の上作を彷彿とさせる出来である。忠貞は小板目に刃寄りの柾を交え、広直刃に小互の目を交えて足・葉がよく入り、砂流しかかって匂口の沈むものをみせる。 鑑定にあたっては、長信は逆大筋違の茎鑢が手懸かりとなり、これは同工の特徴として説示が繰り返し記すところである。長銘や注文者銘、年紀を生ぶ茎に長く存する作が遺り、抱え工としての注文打ちの性格をよく伝える。忠貞は二字銘を残し、その作は一見備前の清光・忠光に通う作風を示して、地方工ながら出来のよい佳作を含む。出雲という一国にあって時代を異にする両工が、それぞれ綱俊系の新刀と備前風の中世末の作という別個の拠り所を持ちつつ、雲州の名のもとに位置づけられている。 詳しく見る →
江戸時代
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様都合による返品は作品到着後二日以内にお申し出ください。※お品物に手を加えた物等は対応できません※返品送料はお客様のご負担となります※お品代以外の費用(振込手数料、代引手数料等)は返金できません。※お届け先が海外の場合は返品や返金は出来ません
鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 保存刀剣 長信は高橋理兵衛といい、雲州四代目高橋義蔵冬広の門人で、のち養子となり 五代目冬広を継ぐ。天保元年出府して長運斎綱俊に入門、その後松江藩工として江戸麹町平河町の藩邸内で鍛刀する。明治十二年六十 四歳で没し、天賦の才に恵まれた刀工で優品を多く遺している。本作は身幅広く大切先の豪壮な造込みに刃文は備前伝の匂出来締まった丁子を華やかに焼いている。








脇物 · 出雲 · 1830-1860頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位31%
現在2点販売中
長信の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
脇物 · 出雲
現在2点販売中
雲州は出雲国を指す呼称であり、ここに括られるのは同国に縁を持つ工である。説示に名の挙がるのは二工で、時代も作域も大きく隔たる。古い側は雲州忠貞で、二字銘を切り、その作は永正頃とみられる。新しい側は雲州長信、すなわち高橋理兵衛で、自ら若州冬広の十七代目を称し、天保の末年頃に江戸へ出て長運斎綱俊の門に学び、後に認められて松江の松平家の抱え工となり、明治十二年に没した。忠貞が中世末の地方工であるのに対し、長信は綱俊の系統を承けた幕末新刀の作者であって、両者を一つの伝統として括ることはできず、出雲という土地を介してここに並ぶ。 作風は工によって異なる。長信は長寸で姿の豪壮なものが多く、地鉄は小板目がよくつんで無地風となり、足の揃った丁子を得意とし、匂口の深い沸出来をみせる。掲げられた一刀は身幅広く重ね薄め、腰反りついて大鋒となり、互の目に尖りごころの刃や角ばる刃を交え、頭の丸い互の目を基調に高低を見せて華やかに乱れ、匂口が明るく冴える。これは綱俊門らしい房の細い丁子とはやや趣を異にし、山浦一門の上作を彷彿とさせる出来である。忠貞は小板目に刃寄りの柾を交え、広直刃に小互の目を交えて足・葉がよく入り、砂流しかかって匂口の沈むものをみせる。 鑑定にあたっては、長信は逆大筋違の茎鑢が手懸かりとなり、これは同工の特徴として説示が繰り返し記すところである。長銘や注文者銘、年紀を生ぶ茎に長く存する作が遺り、抱え工としての注文打ちの性格をよく伝える。忠貞は二字銘を残し、その作は一見備前の清光・忠光に通う作風を示して、地方工ながら出来のよい佳作を含む。出雲という一国にあって時代を異にする両工が、それぞれ綱俊系の新刀と備前風の中世末の作という別個の拠り所を持ちつつ、雲州の名のもとに位置づけられている。 詳しく見る →
江戸時代
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様都合による返品は作品到着後二日以内にお申し出ください。※お品物に手を加えた物等は対応できません※返品送料はお客様のご負担となります※お品代以外の費用(振込手数料、代引手数料等)は返金できません。※お届け先が海外の場合は返品や返金は出来ません