1800年前後、水心子正秀は著述をもって、鍛刀は古作の法に立ち返るべしと説いた。復古刀の運動である。最大の後継者直胤は、数百年絶えていた備前伝と相州伝を確信をもって再現した。
Stock number:TA-090325Paper(Certificate): [N.B.T.H.K] Hozon TokenCountry・Era:Izumo(Shimane)・Meiji era 1869Blade length(Cutting edge): 24.8cmCurve(SORI): 0cmHabaki: One part, Gold foil HabakiSword tang(Nakago): Unaltered, Kesho file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Shape(Taihai): Hirazukuri, IorimuneJigane(Hada): ItameTemper patterns(Hamon): SuguhaTemper patterns in the point(Bohshi): Sugu then togari komaru round tipRegistration Card: Tokyo【Additional Information】藤原長信は、文化十四年に出雲郡三分市村に生まれ、高橋理兵衛と称し、若州冬廣十五代幸之助冬廣の門人となって後に同家十七代目の名跡を継いで松江藩松平家に抱えられます。師の没後、江戸へ出府し、新々刀の名匠で米沢上杉家藩工の長運斎綱俊に師事します。師に似た作風で、剣巻龍などの彫物も上手でありました。幕末期の鬱屈、殺伐とした当時の世相にあっては、刀剣の需要も高まりをみせ、同工も松江へ帰郷し、鍛刀に専心したと云われます。また試し斬り役を務める「山田家」から一定の評価もあり、裁断銘を添えた作品も残っています。長信の技量の高さと同藩への献身的な働きに応じて、士分が与えられており、明治十二年五月に六十三歳で歿します。本刀刃長は八寸一分半。身幅尋常、重ね厚く、手持ちズシリと重量感のある立派な刀姿の短刀です。地鉄は板目肌が良く練れて詰み、杢目交じり、一部流れごころ、地沸付き、肌目に沿って地景が入り、澄んで整った肌合いとなります。刃文は直刃で、処々鼠足等を交え、小沸がふんわりと良く付き、沸匂明るく冴えます。帽子はそのまま直ぐで、先尖りごころとなり小丸に返ります。茎は生ぶ、丁寧に化粧鑢で整え、刀工銘と年紀を切ります。拵は印伝塗鞘に、桐図の鉄地一作金具で揃えられた、上々の品が附いております。松江藩抱工 藤原長信の一口。綺麗に整った上品な出来栄えの秀作としてご紹介いたします。白鞘、金着一重はばき、印伝塗鞘合口短刀拵、保存刀剣鑑定書。







脇物 · 出雲 · 1830-1860頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位31%
現在2点販売中
長信の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
脇物 · 出雲
現在2点販売中
雲州は出雲国を指す呼称であり、ここに括られるのは同国に縁を持つ工である。説示に名の挙がるのは二工で、時代も作域も大きく隔たる。古い側は雲州忠貞で、二字銘を切り、その作は永正頃とみられる。新しい側は雲州長信、すなわち高橋理兵衛で、自ら若州冬広の十七代目を称し、天保の末年頃に江戸へ出て長運斎綱俊の門に学び、後に認められて松江の松平家の抱え工となり、明治十二年に没した。忠貞が中世末の地方工であるのに対し、長信は綱俊の系統を承けた幕末新刀の作者であって、両者を一つの伝統として括ることはできず、出雲という土地を介してここに並ぶ。 作風は工によって異なる。長信は長寸で姿の豪壮なものが多く、地鉄は小板目がよくつんで無地風となり、足の揃った丁子を得意とし、匂口の深い沸出来をみせる。掲げられた一刀は身幅広く重ね薄め、腰反りついて大鋒となり、互の目に尖りごころの刃や角ばる刃を交え、頭の丸い互の目を基調に高低を見せて華やかに乱れ、匂口が明るく冴える。これは綱俊門らしい房の細い丁子とはやや趣を異にし、山浦一門の上作を彷彿とさせる出来である。忠貞は小板目に刃寄りの柾を交え、広直刃に小互の目を交えて足・葉がよく入り、砂流しかかって匂口の沈むものをみせる。 鑑定にあたっては、長信は逆大筋違の茎鑢が手懸かりとなり、これは同工の特徴として説示が繰り返し記すところである。長銘や注文者銘、年紀を生ぶ茎に長く存する作が遺り、抱え工としての注文打ちの性格をよく伝える。忠貞は二字銘を残し、その作は一見備前の清光・忠光に通う作風を示して、地方工ながら出来のよい佳作を含む。出雲という一国にあって時代を異にする両工が、それぞれ綱俊系の新刀と備前風の中世末の作という別個の拠り所を持ちつつ、雲州の名のもとに位置づけられている。 詳しく見る →
新々刀 復古の運動
1800年前後、水心子正秀は著述をもって、鍛刀は古作の法に立ち返るべしと説いた。復古刀の運動である。最大の後継者直胤は、数百年絶えていた備前伝と相州伝を確信をもって再現した。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).
Stock number:TA-090325Paper(Certificate): [N.B.T.H.K] Hozon TokenCountry・Era:Izumo(Shimane)・Meiji era 1869Blade length(Cutting edge): 24.8cmCurve(SORI): 0cmHabaki: One part, Gold foil HabakiSword tang(Nakago): Unaltered, Kesho file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Shape(Taihai): Hirazukuri, IorimuneJigane(Hada): ItameTemper patterns(Hamon): SuguhaTemper patterns in the point(Bohshi): Sugu then togari komaru round tipRegistration Card: Tokyo【Additional Information】藤原長信は、文化十四年に出雲郡三分市村に生まれ、高橋理兵衛と称し、若州冬廣十五代幸之助冬廣の門人となって後に同家十七代目の名跡を継いで松江藩松平家に抱えられます。師の没後、江戸へ出府し、新々刀の名匠で米沢上杉家藩工の長運斎綱俊に師事します。師に似た作風で、剣巻龍などの彫物も上手でありました。幕末期の鬱屈、殺伐とした当時の世相にあっては、刀剣の需要も高まりをみせ、同工も松江へ帰郷し、鍛刀に専心したと云われます。また試し斬り役を務める「山田家」から一定の評価もあり、裁断銘を添えた作品も残っています。長信の技量の高さと同藩への献身的な働きに応じて、士分が与えられており、明治十二年五月に六十三歳で歿します。本刀刃長は八寸一分半。身幅尋常、重ね厚く、手持ちズシリと重量感のある立派な刀姿の短刀です。地鉄は板目肌が良く練れて詰み、杢目交じり、一部流れごころ、地沸付き、肌目に沿って地景が入り、澄んで整った肌合いとなります。刃文は直刃で、処々鼠足等を交え、小沸がふんわりと良く付き、沸匂明るく冴えます。帽子はそのまま直ぐで、先尖りごころとなり小丸に返ります。茎は生ぶ、丁寧に化粧鑢で整え、刀工銘と年紀を切ります。拵は印伝塗鞘に、桐図の鉄地一作金具で揃えられた、上々の品が附いております。松江藩抱工 藤原長信の一口。綺麗に整った上品な出来栄えの秀作としてご紹介いたします。白鞘、金着一重はばき、印伝塗鞘合口短刀拵、保存刀剣鑑定書。







脇物 · 出雲 · 1830-1860頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位31%
現在2点販売中
長信の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
脇物 · 出雲
現在2点販売中
雲州は出雲国を指す呼称であり、ここに括られるのは同国に縁を持つ工である。説示に名の挙がるのは二工で、時代も作域も大きく隔たる。古い側は雲州忠貞で、二字銘を切り、その作は永正頃とみられる。新しい側は雲州長信、すなわち高橋理兵衛で、自ら若州冬広の十七代目を称し、天保の末年頃に江戸へ出て長運斎綱俊の門に学び、後に認められて松江の松平家の抱え工となり、明治十二年に没した。忠貞が中世末の地方工であるのに対し、長信は綱俊の系統を承けた幕末新刀の作者であって、両者を一つの伝統として括ることはできず、出雲という土地を介してここに並ぶ。 作風は工によって異なる。長信は長寸で姿の豪壮なものが多く、地鉄は小板目がよくつんで無地風となり、足の揃った丁子を得意とし、匂口の深い沸出来をみせる。掲げられた一刀は身幅広く重ね薄め、腰反りついて大鋒となり、互の目に尖りごころの刃や角ばる刃を交え、頭の丸い互の目を基調に高低を見せて華やかに乱れ、匂口が明るく冴える。これは綱俊門らしい房の細い丁子とはやや趣を異にし、山浦一門の上作を彷彿とさせる出来である。忠貞は小板目に刃寄りの柾を交え、広直刃に小互の目を交えて足・葉がよく入り、砂流しかかって匂口の沈むものをみせる。 鑑定にあたっては、長信は逆大筋違の茎鑢が手懸かりとなり、これは同工の特徴として説示が繰り返し記すところである。長銘や注文者銘、年紀を生ぶ茎に長く存する作が遺り、抱え工としての注文打ちの性格をよく伝える。忠貞は二字銘を残し、その作は一見備前の清光・忠光に通う作風を示して、地方工ながら出来のよい佳作を含む。出雲という一国にあって時代を異にする両工が、それぞれ綱俊系の新刀と備前風の中世末の作という別個の拠り所を持ちつつ、雲州の名のもとに位置づけられている。 詳しく見る →
新々刀 復古の運動
1800年前後、水心子正秀は著述をもって、鍛刀は古作の法に立ち返るべしと説いた。復古刀の運動である。最大の後継者直胤は、数百年絶えていた備前伝と相州伝を確信をもって再現した。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).