二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
ホーム 刀剣の一覧 樋入り刀身の一覧 【長寸・斬れ味保証】「長信」 77.4cm 、鑑賞に・居合・試斬刀として!!! 【長寸・斬れ味保証】「長信」 77.4cm 、鑑賞に・居合・試斬刀として!!! ■種別: 太刀 ■長さ: 77.4cm 反り: 1.8cm 穴:4個 ■銘: 表 於江戸糀街鍛錬之文久三年癸亥秋八月 松江藩臣高橋理兵衛長信 裏 □□月應高嶋藩士千野診英君需 ■元幅:3.23cm 元重ね:0.72cm 先幅:1.97cm 先重ね:0.44cm ■重量: 鞘を払って1250g 刀身のみで 955g ■時代: 江戸時代末期、文久三年(1863年) ■刀工:高橋理兵衛長信 文化十四年(1817)九月十八日、雲州松平藩領内出雲郡三分市村の農民、瀬崎平助の次男として生まれた。幼名を善造といい、のちに理兵衛と称しました。 雲州四代高橋冬廣の養子と成り、五代目冬廣を継ぎます。 元祖の相州冬広より十七代となることから、冬廣十七代孫と称し、松江藩主松平定安に抱えらました。 始め冬廣を名乗りましたが、後に長信に改めます。 天保元年、江戸に出て、加藤長運齋綱俊に師事、江戸の松江藩邸で作刀します。 後に松江に戻って作刀を続けます。 明治十二年五月、七十三歳で没。 山田浅右衛門が「刃味上々」と極めたことや、大東亜戦争時、機関銃を切ったとして新聞記事にもなった逸話も残しています。 ■刀身のコンディション 大変長寸の大迫力の刀身です。 研いでから一度売れた物で、所有者がの方がお刀を全て処分されたため戻ってきたお刀で、研ぎ上がりとは言えませんが、試斬はされていないので、実質的には「研ぎ上がり斬れ味保証」のお刀です。 研ぎ澄まされた刀身は、ダイナミックな刃網が美しく、地肌も綺麗に出ていて非常に綺麗です。残念なのは、切っ先部分を一度欠いた様で、帽子の先端の焼き刃が無くなっています。 しかし、一見した程度では殆ど分からず、刃も剃刀の様に鋭く立っていることから、実用刀剣としては何ら問題は無いと思われます。 長寸ながら表裏に棒樋が掻かれ、軽量化が図られています。(それても、刀身重量955gです) 斬れ味は剃刀の如くです。 ■拵 当店で最近作成した本歌の拵と白鞘拵、ツナギが付属します。 大変長寸の茎に合わせて、1尺6分の2本目釘の柄は、長い上に、しっかりと作られており、ガタツキもありません。 ■送料 ゆうパックでの送付となります。 全国一律 2,000円 【長寸・斬れ味保証】「長信」 77.4cm 、鑑賞に・居合・試斬刀として!!! 販売価格 0円(本体0円、税0円) » 特定商取引法に基づく表記 (返品など) 買い物を続ける この商品について問い合わせる この商品を友達に教える レビューを見る(0件) レビューを投稿 SOLD OUT


















































脇物 · 出雲 · 1830-1860頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位31%
現在2点販売中
長信の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
脇物 · 出雲
現在2点販売中
雲州は出雲国を指す呼称であり、ここに括られるのは同国に縁を持つ工である。説示に名の挙がるのは二工で、時代も作域も大きく隔たる。古い側は雲州忠貞で、二字銘を切り、その作は永正頃とみられる。新しい側は雲州長信、すなわち高橋理兵衛で、自ら若州冬広の十七代目を称し、天保の末年頃に江戸へ出て長運斎綱俊の門に学び、後に認められて松江の松平家の抱え工となり、明治十二年に没した。忠貞が中世末の地方工であるのに対し、長信は綱俊の系統を承けた幕末新刀の作者であって、両者を一つの伝統として括ることはできず、出雲という土地を介してここに並ぶ。 作風は工によって異なる。長信は長寸で姿の豪壮なものが多く、地鉄は小板目がよくつんで無地風となり、足の揃った丁子を得意とし、匂口の深い沸出来をみせる。掲げられた一刀は身幅広く重ね薄め、腰反りついて大鋒となり、互の目に尖りごころの刃や角ばる刃を交え、頭の丸い互の目を基調に高低を見せて華やかに乱れ、匂口が明るく冴える。これは綱俊門らしい房の細い丁子とはやや趣を異にし、山浦一門の上作を彷彿とさせる出来である。忠貞は小板目に刃寄りの柾を交え、広直刃に小互の目を交えて足・葉がよく入り、砂流しかかって匂口の沈むものをみせる。 鑑定にあたっては、長信は逆大筋違の茎鑢が手懸かりとなり、これは同工の特徴として説示が繰り返し記すところである。長銘や注文者銘、年紀を生ぶ茎に長く存する作が遺り、抱え工としての注文打ちの性格をよく伝える。忠貞は二字銘を残し、その作は一見備前の清光・忠光に通う作風を示して、地方工ながら出来のよい佳作を含む。出雲という一国にあって時代を異にする両工が、それぞれ綱俊系の新刀と備前風の中世末の作という別個の拠り所を持ちつつ、雲州の名のもとに位置づけられている。 詳しく見る →
江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
商品到着後速やかにご連絡ください。商品に欠陥がある場合を除き、返品には応じかねますのでご了承ください。お客様都合による返品につきましてはお客様のご負担とさせていただきます。不良品に該当する場合は当方で負担いたします。
ホーム 刀剣の一覧 樋入り刀身の一覧 【長寸・斬れ味保証】「長信」 77.4cm 、鑑賞に・居合・試斬刀として!!! 【長寸・斬れ味保証】「長信」 77.4cm 、鑑賞に・居合・試斬刀として!!! ■種別: 太刀 ■長さ: 77.4cm 反り: 1.8cm 穴:4個 ■銘: 表 於江戸糀街鍛錬之文久三年癸亥秋八月 松江藩臣高橋理兵衛長信 裏 □□月應高嶋藩士千野診英君需 ■元幅:3.23cm 元重ね:0.72cm 先幅:1.97cm 先重ね:0.44cm ■重量: 鞘を払って1250g 刀身のみで 955g ■時代: 江戸時代末期、文久三年(1863年) ■刀工:高橋理兵衛長信 文化十四年(1817)九月十八日、雲州松平藩領内出雲郡三分市村の農民、瀬崎平助の次男として生まれた。幼名を善造といい、のちに理兵衛と称しました。 雲州四代高橋冬廣の養子と成り、五代目冬廣を継ぎます。 元祖の相州冬広より十七代となることから、冬廣十七代孫と称し、松江藩主松平定安に抱えらました。 始め冬廣を名乗りましたが、後に長信に改めます。 天保元年、江戸に出て、加藤長運齋綱俊に師事、江戸の松江藩邸で作刀します。 後に松江に戻って作刀を続けます。 明治十二年五月、七十三歳で没。 山田浅右衛門が「刃味上々」と極めたことや、大東亜戦争時、機関銃を切ったとして新聞記事にもなった逸話も残しています。 ■刀身のコンディション 大変長寸の大迫力の刀身です。 研いでから一度売れた物で、所有者がの方がお刀を全て処分されたため戻ってきたお刀で、研ぎ上がりとは言えませんが、試斬はされていないので、実質的には「研ぎ上がり斬れ味保証」のお刀です。 研ぎ澄まされた刀身は、ダイナミックな刃網が美しく、地肌も綺麗に出ていて非常に綺麗です。残念なのは、切っ先部分を一度欠いた様で、帽子の先端の焼き刃が無くなっています。 しかし、一見した程度では殆ど分からず、刃も剃刀の様に鋭く立っていることから、実用刀剣としては何ら問題は無いと思われます。 長寸ながら表裏に棒樋が掻かれ、軽量化が図られています。(それても、刀身重量955gです) 斬れ味は剃刀の如くです。 ■拵 当店で最近作成した本歌の拵と白鞘拵、ツナギが付属します。 大変長寸の茎に合わせて、1尺6分の2本目釘の柄は、長い上に、しっかりと作られており、ガタツキもありません。 ■送料 ゆうパックでの送付となります。 全国一律 2,000円 【長寸・斬れ味保証】「長信」 77.4cm 、鑑賞に・居合・試斬刀として!!! 販売価格 0円(本体0円、税0円) » 特定商取引法に基づく表記 (返品など) 買い物を続ける この商品について問い合わせる この商品を友達に教える レビューを見る(0件) レビューを投稿 SOLD OUT


















































脇物 · 出雲 · 1830-1860頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位31%
現在2点販売中
長信の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
脇物 · 出雲
現在2点販売中
雲州は出雲国を指す呼称であり、ここに括られるのは同国に縁を持つ工である。説示に名の挙がるのは二工で、時代も作域も大きく隔たる。古い側は雲州忠貞で、二字銘を切り、その作は永正頃とみられる。新しい側は雲州長信、すなわち高橋理兵衛で、自ら若州冬広の十七代目を称し、天保の末年頃に江戸へ出て長運斎綱俊の門に学び、後に認められて松江の松平家の抱え工となり、明治十二年に没した。忠貞が中世末の地方工であるのに対し、長信は綱俊の系統を承けた幕末新刀の作者であって、両者を一つの伝統として括ることはできず、出雲という土地を介してここに並ぶ。 作風は工によって異なる。長信は長寸で姿の豪壮なものが多く、地鉄は小板目がよくつんで無地風となり、足の揃った丁子を得意とし、匂口の深い沸出来をみせる。掲げられた一刀は身幅広く重ね薄め、腰反りついて大鋒となり、互の目に尖りごころの刃や角ばる刃を交え、頭の丸い互の目を基調に高低を見せて華やかに乱れ、匂口が明るく冴える。これは綱俊門らしい房の細い丁子とはやや趣を異にし、山浦一門の上作を彷彿とさせる出来である。忠貞は小板目に刃寄りの柾を交え、広直刃に小互の目を交えて足・葉がよく入り、砂流しかかって匂口の沈むものをみせる。 鑑定にあたっては、長信は逆大筋違の茎鑢が手懸かりとなり、これは同工の特徴として説示が繰り返し記すところである。長銘や注文者銘、年紀を生ぶ茎に長く存する作が遺り、抱え工としての注文打ちの性格をよく伝える。忠貞は二字銘を残し、その作は一見備前の清光・忠光に通う作風を示して、地方工ながら出来のよい佳作を含む。出雲という一国にあって時代を異にする両工が、それぞれ綱俊系の新刀と備前風の中世末の作という別個の拠り所を持ちつつ、雲州の名のもとに位置づけられている。 詳しく見る →
江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
商品到着後速やかにご連絡ください。商品に欠陥がある場合を除き、返品には応じかねますのでご了承ください。お客様都合による返品につきましてはお客様のご負担とさせていただきます。不良品に該当する場合は当方で負担いたします。