二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
日本刀 脇差 銘 天龍子正隆(NBTHK 特別保存刀剣鑑定書付) 【解説】 天龍子正隆は、幕末期を代表する名工の一人です。その号である「天龍子」は天に昇る龍の如き勢いを感じさせ、公卿・千種有功の抱え工として作刀したことでも知られています。正隆は当初大坂で活動し、後に京都へと移り住みました。 本作は元治元年(1864年)、徳川幕府と新政府軍が激突し、武士の時代の終焉が目前に迫った激動の幕末期に打たれた一振りです。当時の持ち主は、侍の生き方が永遠に変わろうとするその歴史的瞬間を、この刀と共に歩んだのかもしれません。 法量としては、長さが30cm(約1尺)を下回るものは一般に「短刀」と呼ばれます。鎌倉・室町時代、騎馬武者が長物(槍や太刀)の補助兵装として携行し、接近戦において鎧の隙間を突くために用いられました。本作は長さ30.5cmであり、現代の登録区分上は「脇差」となりますが、その寸法から実質的には短刀として扱われ、愛用されていたものと推察されます。 本刀には、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)が発行する「特別保存刀剣鑑定書」が付属しており、美術品として極めて価値が高く、後世に伝えるべき一振りであることが証明されています。また、意匠を凝らした美しい拵(外装)が附随いたします。 【刀身】 長さ(Nagasa):30.5 cm(1尺0寸1分) 反り(Sori):0.4 cm 刃文(Hamon):焼入れによって生じる刃先の結晶構造 地鉄(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 茎(Nakago): 刀身の柄に収まる部分です。 表には「天龍子正隆」の銘があり、裏には元治元年の年紀が刻まれています。 茎に施された黒錆は、柄内での赤錆の発生を防ぐ役割があります。この錆の色調(経年変化)は、専門家が製作年代を特定する上での重要な指標となります。 【拵・金具】 縁頭(Fuchi-Kashira): 柄の両端を保護し装飾する金具です。 金の色絵で蔦(つた)の図が施されています。蔦は生命力が強く、力強く伸び広がることから、子孫繁栄や長寿の象徴として尊ばれてきました。 柄・目貫(Tsuka / Menuki): 柄は刀の握り部分、目貫はその装飾です。 二人の人物が配されており、釣竿と魚籠(びく)を携えていることから、漁師を題材にしたものと思われます。 鍔・鎺(Tsuba / Habaki): 鍔は手を守るための護拳、鎺は刀身を鞘内に固定し、刀身が鞘の内壁に触れて錆びたり毀れたりするのを防ぐ金具です。 鍔には桜の図が施されています。桜は古来より日本人に愛されてきた春の象徴であり、刀装具や着物、調度品の意匠として好まれてきました。桜には穀物の神が宿ると信じられ、豊作の象徴でもあります。古の人々が桜の下で豊作を祈願したことが、現代のお花見のルーツであるという説もあります。 また、鍔の表面上部には抽象化された龍の姿が象嵌されています。龍は中国の伝承に由来する想像上の瑞獣であり、その姿は九つの動物(角は鹿、頭は駱駝、眼は鬼、項は蛇、腹は蛟、鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛)に例えられます。古来より万物の頂点に立つ吉祥の象徴として崇められてきました。

















摂津 · 1818-1845頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位76%
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江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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