二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
Stock No:STA-050320Paper(Certificate): NBTHK Hozon TokenCountry(Kuni)/Period(Jidai): Mutsu, Edo period 1861~Blade length(Cutting edge): 29.6cmCurve(SORI): 0.22cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.05cmThickness at the Moto-Kasane: 0.73cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.75cmThickness at the Saki-Kasane: 0.70cmSword tang(Nakago):Unaltered,Sujikaiyasuri with Keshoyasuri file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Registration Card: Tokyo【Additional Information】固山宗俊は奥州白川に住し固山宗次の門人として活躍した刀工です。白龍子と称し宗次より高い作刀技術を学び、時には師匠を凌駕する作品を残しました。明治の廃刀令によって刀剣の制作を断念せざるを得なくなったことは誠に惜しまれます。明治21年、53歳で亡くなりましたので現存作は少なく、一振りづつが貴重な遺作となります。本作は、姿は冠落姿の短刀で、重ねが厚く手にして重量を感じるゴリッとした一振です。幕末の動乱期にいざ活躍せんとする当時の侍達の高い意気込みを感じさせられます。地鉄は固山宗次の作柄によく似て小板目肌よく練れて地錵が付く綺麗な地肌です。互の目で焼き出し、上に行くに従い直となって小丸へ返る刃紋を焼いています。本短刀は、流石は幕末の名工、固山宗次の高弟子、宗俊の技量の高さに畏敬の念を感じさせる作品である。
取扱店 銀座誠友堂




陸奥 · 1860-1861頃
現在2点販売中
江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).