抜刀・試斬用に最適な一振をご紹介いたします。 本作は保存状態こそ概ね良好ですが、平地の物打ち付近に錆を拭ったような跡が複数見受けられ、鑑賞面では少々惜しまれる点がございます。また、切先から約24cmの箇所に刃毀れ(はこぼれ)があり、実際に使用されていた形跡が伺えます。しかしながら、その分、実用本位の道具として気兼ねなくお使いいただける刀といえるでしょう。 肌は板目肌に湯走りなどが現れ、刃文は互の目に乱れを交え、足が入ります。 茎(なかご)には「坂倉言之進照包」の銘がございます。照包は新刀期を代表する名工の一人で、もとは二代越後守包貞を名乗っていたため、その銘が切られた作も多く存在します。後に三代包貞に名を譲り、自らは照包と改名しました。同時代の津田助広と並び、華やかな刃文を得意としたことで知られています。 拵の金具類はすべて当時のものが揃っており、鍔には「越前住記内作」の銘がございます。記内派は多くの優れた鍔を製作しましたが、本作の銘振りは名工「入記内」の特徴をよく示しております。 今回は特別価格でのご提供となります。売約済みとなる前に、ぜひご検討ください。 長さ:68.1 cm 反り:1.8 cm 目釘穴:1個 先幅:18.9 mm 先重ね:4.2 mm 元幅:30.3 mm 元重ね:7.0 mm 銘:坂倉言之進照包(表) 時代:新刀 造り:鎬造、庵棟 地鉄:板目肌 刃文:互の目に乱れ交じり 帽子:中丸に返る 鞘を払った重量:910 g 茎:生ぶ 拵:黒糸諸つまみ巻、暗朱石目地塗鞘 登録証:北海道 第39470号 お探しの刀剣が掲載されていない場合は、お気軽にお問い合わせください。






































新刀 · 摂津 · 1673-1681頃
藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位10%
現在3点販売中
新刀 · 摂津
現在73点販売中
大坂新刀は、商都大坂を本拠として江戸前期から中期にかけて興隆した摂津の一門である。その草創は京の堀川一門にあり、堀川国広の門に学んだ和泉守国貞、親国貞こと国貞と河内守国助とが、慶長十九年に師の没した後そろって大坂へ下り、この地に鍛刀の家を興した。国助は伝に伊勢国の出にして石堂の流れを汲み、堀川より受け継いだ枯れた肌合とともに、古備前を慕う石堂の丁子をこの地にもたらした。そこへ大和文殊系の包保・包道に承けた越後守包貞が摂州に居を構え、肥後菊池より出て井上真改の門を叩いた貞則のごとき遊歴の工も加わって、堀川と石堂と文殊の脈が大坂の地で一つの作域に結ばれていった。やがて親国貞の子真改、津田越前守助広、一竿子忠綱らがあらわれ、寛文・延宝・元禄の頃にこの一門は最も華やぐ。 一門の作風は、まず明るく冴える大坂鍛えに標識を持つ。鍛えはよくつんだ無地風の小板目で、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かにさかんに入り、鉄色は明るく潤う。その地の上に、刃区を直ぐに焼き出し、その上から己の刃文を起こすのが一門に通じる約束で、収集家のいう大坂焼出しである。匂口は終始深く明るく冴え、刃縁は締まる。この共通の文法の上に、各工はおのおのの差を置く。井上真改は華やかな乱れを焼かず、よくつんだ精美な地に浅いのたれを帯びた沸深き直刃を本領とし、相州の郷義弘への意図的な写しにその沸の妙味を尽くして、大坂正宗と称された。津田助広は波濤のごとくうねる濤瀾刃を創始し、真改の小沸の直刃と並んで両大関と仰がれる。一竿子忠綱は揃った長足の丁子に簾刃の濤瀾を交え、何にもまして真の倶利迦羅や鯉の滝上りを刻んだ一竿子彫をもって分かたれる。河内守国助の家は丁子の旗頭で、二代中河内は握り拳の頭を戴く拳形丁子を創始して新刀一文字と賞され、その弟肥後守国康や四男国輝もこの石堂の丁子と津田風の濤瀾を担った。越後守包貞は助広に倣う濤瀾に片山乱れと文珠の砂流しを通わせ、貞則は師真改の沸深き直刃をよく継いだ。共通するのは明るい匂口と直ぐの焼出し、異なるのは真改の沈める沸、助広の濤瀾、国助一門の丁子という、地の上に置かれた手の差である。 収集家が大坂新刀を求める理由は、鑑定の勘所が明快で、主要工の格が高いことにある。明るく冴える大坂鍛えと、刃を起こす直ぐの焼出しという二つの見どころは、地と刃のいずれにも紛れなく現れて工と作域を定める手懸りとなり、真改の沸深き郷写し、忠綱の一竿子彫、中河内の拳形丁子といった各工独自の標識が、そこに重なって名を分かつ。一門の作はおおむね在銘年紀で、銘そのものが時の標識となるため、由緒の確かさをもって賞翫される。真改や助広や忠綱の最上手は市に現れることが稀で、現れれば一頭地を抜く出来事となるが、包貞・国助・国康・国輝のごとき名手の在銘作は、辛抱をもって相応に相見え、大坂新刀へ分け入る手近な入口を提供する。来歴の知られる作は谷干城や山内家、皇室の蔵を経て近代に伝わり、美術刀剣としての魅力は、真改の沸と助広の濤瀾が後世の刀鍛冶に及ぼした影響とともに、商都大坂が新刀期に成し遂げた一個の到達を今に伝える。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
As a general rule, returns/exchanges are not accepted on Japanese sword orders unless damaged upon delivery. Other items: returns/exchanges accepted within 7 days of delivery. Cancellation for personal reasons incurs a 30% restocking fee (70% refunded). Return shipping must be prepaid and insured by the buyer; shipping/handling fees are non-refundable. Contact katana@tozando.co.jp to initiate a return.
抜刀・試斬用に最適な一振をご紹介いたします。 本作は保存状態こそ概ね良好ですが、平地の物打ち付近に錆を拭ったような跡が複数見受けられ、鑑賞面では少々惜しまれる点がございます。また、切先から約24cmの箇所に刃毀れ(はこぼれ)があり、実際に使用されていた形跡が伺えます。しかしながら、その分、実用本位の道具として気兼ねなくお使いいただける刀といえるでしょう。 肌は板目肌に湯走りなどが現れ、刃文は互の目に乱れを交え、足が入ります。 茎(なかご)には「坂倉言之進照包」の銘がございます。照包は新刀期を代表する名工の一人で、もとは二代越後守包貞を名乗っていたため、その銘が切られた作も多く存在します。後に三代包貞に名を譲り、自らは照包と改名しました。同時代の津田助広と並び、華やかな刃文を得意としたことで知られています。 拵の金具類はすべて当時のものが揃っており、鍔には「越前住記内作」の銘がございます。記内派は多くの優れた鍔を製作しましたが、本作の銘振りは名工「入記内」の特徴をよく示しております。 今回は特別価格でのご提供となります。売約済みとなる前に、ぜひご検討ください。 長さ:68.1 cm 反り:1.8 cm 目釘穴:1個 先幅:18.9 mm 先重ね:4.2 mm 元幅:30.3 mm 元重ね:7.0 mm 銘:坂倉言之進照包(表) 時代:新刀 造り:鎬造、庵棟 地鉄:板目肌 刃文:互の目に乱れ交じり 帽子:中丸に返る 鞘を払った重量:910 g 茎:生ぶ 拵:黒糸諸つまみ巻、暗朱石目地塗鞘 登録証:北海道 第39470号 お探しの刀剣が掲載されていない場合は、お気軽にお問い合わせください。






































新刀 · 摂津 · 1673-1681頃
藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位10%
現在3点販売中
新刀 · 摂津
現在73点販売中
大坂新刀は、商都大坂を本拠として江戸前期から中期にかけて興隆した摂津の一門である。その草創は京の堀川一門にあり、堀川国広の門に学んだ和泉守国貞、親国貞こと国貞と河内守国助とが、慶長十九年に師の没した後そろって大坂へ下り、この地に鍛刀の家を興した。国助は伝に伊勢国の出にして石堂の流れを汲み、堀川より受け継いだ枯れた肌合とともに、古備前を慕う石堂の丁子をこの地にもたらした。そこへ大和文殊系の包保・包道に承けた越後守包貞が摂州に居を構え、肥後菊池より出て井上真改の門を叩いた貞則のごとき遊歴の工も加わって、堀川と石堂と文殊の脈が大坂の地で一つの作域に結ばれていった。やがて親国貞の子真改、津田越前守助広、一竿子忠綱らがあらわれ、寛文・延宝・元禄の頃にこの一門は最も華やぐ。 一門の作風は、まず明るく冴える大坂鍛えに標識を持つ。鍛えはよくつんだ無地風の小板目で、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かにさかんに入り、鉄色は明るく潤う。その地の上に、刃区を直ぐに焼き出し、その上から己の刃文を起こすのが一門に通じる約束で、収集家のいう大坂焼出しである。匂口は終始深く明るく冴え、刃縁は締まる。この共通の文法の上に、各工はおのおのの差を置く。井上真改は華やかな乱れを焼かず、よくつんだ精美な地に浅いのたれを帯びた沸深き直刃を本領とし、相州の郷義弘への意図的な写しにその沸の妙味を尽くして、大坂正宗と称された。津田助広は波濤のごとくうねる濤瀾刃を創始し、真改の小沸の直刃と並んで両大関と仰がれる。一竿子忠綱は揃った長足の丁子に簾刃の濤瀾を交え、何にもまして真の倶利迦羅や鯉の滝上りを刻んだ一竿子彫をもって分かたれる。河内守国助の家は丁子の旗頭で、二代中河内は握り拳の頭を戴く拳形丁子を創始して新刀一文字と賞され、その弟肥後守国康や四男国輝もこの石堂の丁子と津田風の濤瀾を担った。越後守包貞は助広に倣う濤瀾に片山乱れと文珠の砂流しを通わせ、貞則は師真改の沸深き直刃をよく継いだ。共通するのは明るい匂口と直ぐの焼出し、異なるのは真改の沈める沸、助広の濤瀾、国助一門の丁子という、地の上に置かれた手の差である。 収集家が大坂新刀を求める理由は、鑑定の勘所が明快で、主要工の格が高いことにある。明るく冴える大坂鍛えと、刃を起こす直ぐの焼出しという二つの見どころは、地と刃のいずれにも紛れなく現れて工と作域を定める手懸りとなり、真改の沸深き郷写し、忠綱の一竿子彫、中河内の拳形丁子といった各工独自の標識が、そこに重なって名を分かつ。一門の作はおおむね在銘年紀で、銘そのものが時の標識となるため、由緒の確かさをもって賞翫される。真改や助広や忠綱の最上手は市に現れることが稀で、現れれば一頭地を抜く出来事となるが、包貞・国助・国康・国輝のごとき名手の在銘作は、辛抱をもって相応に相見え、大坂新刀へ分け入る手近な入口を提供する。来歴の知られる作は谷干城や山内家、皇室の蔵を経て近代に伝わり、美術刀剣としての魅力は、真改の沸と助広の濤瀾が後世の刀鍛冶に及ぼした影響とともに、商都大坂が新刀期に成し遂げた一個の到達を今に伝える。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
As a general rule, returns/exchanges are not accepted on Japanese sword orders unless damaged upon delivery. Other items: returns/exchanges accepted within 7 days of delivery. Cancellation for personal reasons incurs a 30% restocking fee (70% refunded). Return shipping must be prepaid and insured by the buyer; shipping/handling fees are non-refundable. Contact katana@tozando.co.jp to initiate a return.