説明

重要刀剣 太刀 筑州冷泉貞盛 南北朝時代に筑前国で活躍した金剛兵衛派の刀工、冷泉貞盛の作です。貞盛をはじめ、同派の作品は現存数が極めて少なく希少です。「冷泉」の名は博多の冷泉津に居住したことに由来します。正平二十五年銘の短刀が現存することから、南朝方に属した刀工であったことが伺えます。金剛兵衛派は山城伝と大和伝の両様を融合させた独自の作風を確立しており、古来よりその作品は高く評価されてきました。ホーリーズ(Hawley's)の格付けにおいても100点という非常に高い評価を得ています。 貞盛の作品はその希少性に比して、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)の重要刀剣に指定されている割合が非常に高いのが特徴です。「貞盛の重要刀剣は15振を数えますが、現存数の少なさを考慮すれば、いかにその技量が高く評価されているかが分かります。さらに、重要美術品に指定された『筑州冷泉貞盛』銘の短刀も存在し、その格付けを揺るぎないものにしています」(ダーシー・ブロックバンク氏 引用) 私自身の調査によれば、確認できた貞盛の作例9点のうち、実に6点が重要刀剣に指定されていました。また、著名なコンプトン・コレクションにも貞盛の重要刀剣が含まれていました。日本国内の市場においても、本工の作品は極めて高値で取引されており、中には七千万円を超える価格が提示されることもあります。 金剛兵衛派の刀剣は、極めて強靭で折れにくいことから武士の間で重宝されました。元寇の際には、その堅牢さが蒙古軍の厚い鎧を打ち破る一助となったと伝えられています。同派の特色としては、良質な地鉄、厚い重ね、中切先、そして細直刃の刃文が挙げられます。 冷泉貞盛の個別の作風としては、以下の通りです: 姿は鎬造、庵棟、反りは中程度の鳥居反りとなり、詰まった中切先となります。彫物が見られることも多く、元幅に比して先幅が狭くなる踏ん張りのある姿が顕著です。生茎(うぶなかご)の場合、その形状が卒塔婆に似る「卒塔婆茎」となるのが同派の大きな特徴です。

Juyo Token Tachi by Reisen Sadamori

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太刀

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仕様

長さ

69.3 cm

反り

1.55 cm

元幅

2.9 cm

先幅

1.95 cm

作者について

Kongobyoe Sadamori貞盛

2 重要美術品1 特別重要刀剣21 重要刀剣

冷泉貞盛は南北朝期の筑前に活躍した刀工で、その名の最も確かな拠り所は、茎に「筑州冷泉貞盛 正平廿五一月日」、すなわち一三七〇年と銘した小ぶりの短刀ただ一口である。説明書は本工を論じるたびにこの一口へ立ち返る。在銘作が極めて少ないために、この在紀の短刀が他の極めをはかる規範となっているからである。説明書は本工を初代金剛兵衛盛高に遡る金剛兵衛系に置き、左文字一派と並ぶ国内二派の後者とする。左文字と一線を画すのは、説明書のいうところでは気質であり、その手は大和気質を九州の鉄に通わせたものと読まれる。 記録の大半は在銘ではない。それは大磨上無銘の刀で、身幅広く重ね薄く、中鋒延びて、南北朝の長寸の刀を磨り上げ、本工と極めたものである。地鉄は板目が流れて殊に刃寄り柾がかり、肌立ち、地沸厚くつき、地景頻りに入る。かな色は濁って黒みがかり、淡く白け映りが地に立つ。その地に焼の低い刃幅の狭い直刃を匂口締まりごころに焼いて、小沸つき、刃縁にほつれ・打のけを見せ、物打辺に二重刃ごころとなり、刃中に砂流し・金筋を細く見せる。帽子は直ぐに小丸へ掃きかけ、時に焼詰めとなる。この華やかならぬ静かな作域こそ、説明書が此の工の見どころと名指すところである。 地鉄は極めの終始変わらぬ拠りどころである。流れて柾がかった鉄、肌立つ地、黒みのかな色と白け映りが各作に繰り返し現れ、判者はここから大和気質を読む。説明書は九州物の色合が色濃いと評し、ある重要刀剣の刀を「九州物の色彩が色濃く表示されており」滋味豊かな一口とする。同じ説明書は極めの難しさにも率直で、ある磨上の作については、同様の大和の特色は三原物などにも見られるとしつつ、「肌立った地がねから、 冷泉貞盛の鑑定は一段とまさるものがある」と結ぶ。刃幅の狭い直刃と黒く肌立つ地とが相俟って、銘の残らぬところに名を負わせる。 この静かな規範に対して、数口の在銘作は型を破る。「冷泉貞盛 筑州住人」と銘した特別重要刀剣の脇指と、「貞盛」とのみ銘した重要刀剣の短刀は、狭い直刃を離れて、のたれに小互の目・互の目を交えた刃幅の広い刃を焼き、足・葉入り、沸出来、砂流し・金筋豊かにかかって、帽子は強く掃きかける乱れ込みとなる。説明書は本工の作のうちにも明確に区別を引き、在銘短刀について、「正平廿五年紀の作とは異なり」刃幅広くのたれに互の目を交えた豊富な変化の作域であるとする。すなわち一工が複数の作域をもち、在銘作は規範を離れる故にこそ、作風研究の上で貴ばれる。 本工を分かつものは、隣派から借りたものではなく、判者自らが名指すところである。系統において左文字と対し、国においてより広い大和伝と対する。明るく黒く柾がかった地鉄、焼の低い締まった直刃、九州の鉄の色合が、説明書がその個性として挙げる見どころであり、在紀の短刀がこれらを束ねる証となる。金剛兵衛・冷泉系のうち、貞盛は一派の大磨上無銘の刀が最も多く負う名であり、その一口の在紀の規範と、時代と、一派の作風から極められる。説明書は磨上の作の一部について、貞盛でなければならぬという確証はないとしつつ、大和風の地と狭い刃から極めを首肯する。 収集の観点では、本工は記録の薄い、しかし確かな南北朝の名で、見栄えと同じく資料性によって貴ばれる。国宝はなく、重要文化財もない。その記録は一口の特別重要刀剣と二十口余りの重要刀剣を通じ、正平廿五年紀の短刀と一口の太刀は戦前の重要美術品に挙げられる。来歴は乏しく、機関ではなく私蔵に伝わり、在紀の短刀はかつて小泉家に、初期の貞守銘の太刀は福岡の諸富義雄の許にあった。作の多くは重要刀剣の大磨上無銘の刀で、これらが世に出るのは折に触れてのことであり、在銘の冷泉貞盛はさらに稀である。説明書は在銘の特別重要刀剣の脇指を、「在銘稀有な冷泉貞盛の作域を窺うことが出来る貴」重な作品とする。私蔵の一口は、在銘であれ無銘であれ、大和の手が南北朝の筑前にいかに働いたかを語る証であり、収集家が稀にしか出会わぬものである。

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