【盗難被害・無事回収】 粟田口忠綱 脇差 初代 (Rice CrackerのJohn Karata氏の協力により回収されました) 昨今の円安(1ドル148円)を受け、価格を改定いたしました。 種別:脇差 銘文:粟田口藤原忠綱(生茎、穴一) 造り:平造、庵棟、僅かに鳥居反り 長さ:一尺五寸二分(46.06 cm) 元幅:3.17 cm 重ね:6.9 mm 【解説】 沸出来、のたれ調の互の目丁子乱れ。匂口深く足入り、丁子の頭には微細な沸がつき、ぎふ等が見て取れます。地鉄は小木目肌詰み、細かな地沸つき、地景、棒映り立つなど明るく冴えた精良な肌合いです。 彫物は見事な出来映えで、製作当時の状態を彷彿とさせる健全さを保っています。 銀箔猪目透し元付ハバキ、白鞘入。 平成8年(1996年)8月7日付、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)特別保存刀剣鑑定書付。 鞘書は本阿弥光遜の折紙(花押)があり、昭和六年(1931年)の年紀が見られます。月日の筆致については判読が難しいため、詳細が分かる方がいらっしゃればご教示いただけますと幸いです(ページ下部に詳細画像あり)。 藤代義雄著『日本刀工辞典 新刀篇』にて上作、および和歌山山城著『懐宝剣尺』等で「妥当」とされる切味(和歌山氏の評価体系に基づく)。得能一男著『刀工大観』では550万円の評価。 2000年時点で、忠綱の重要刀剣指定品は42振を数えますが、年紀のない作品において初代・二代の判別は困難とされています。本作は一竿子忠綱の父である初代の作です。 初代忠綱は播州の出身で、粟田口国綱の末裔を称し、万治年間(1658-1661年)頃に大坂で活躍しました。二代に比べ、彫物のある作品は希少です。 地景、ぎふ、銀箔猪目ハバキ。 参照文献:『刀工大観』、『日本刀工辞典 新刀篇』、『新刀大観』第一・二巻。 NBTHK 特別保存刀剣鑑定書付。 (鞘書の年紀以降の判読について、情報をお持ちの方はぜひご連絡ください)






















新刀 · 摂津 · 1661-1688頃
刀剣大鑑 上位23%
現在3点販売中
新刀 · 摂津
現在73点販売中
大坂新刀は、商都大坂を本拠として江戸前期から中期にかけて興隆した摂津の一門である。その草創は京の堀川一門にあり、堀川国広の門に学んだ和泉守国貞、親国貞こと国貞と河内守国助とが、慶長十九年に師の没した後そろって大坂へ下り、この地に鍛刀の家を興した。国助は伝に伊勢国の出にして石堂の流れを汲み、堀川より受け継いだ枯れた肌合とともに、古備前を慕う石堂の丁子をこの地にもたらした。そこへ大和文殊系の包保・包道に承けた越後守包貞が摂州に居を構え、肥後菊池より出て井上真改の門を叩いた貞則のごとき遊歴の工も加わって、堀川と石堂と文殊の脈が大坂の地で一つの作域に結ばれていった。やがて親国貞の子真改、津田越前守助広、一竿子忠綱らがあらわれ、寛文・延宝・元禄の頃にこの一門は最も華やぐ。 一門の作風は、まず明るく冴える大坂鍛えに標識を持つ。鍛えはよくつんだ無地風の小板目で、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かにさかんに入り、鉄色は明るく潤う。その地の上に、刃区を直ぐに焼き出し、その上から己の刃文を起こすのが一門に通じる約束で、収集家のいう大坂焼出しである。匂口は終始深く明るく冴え、刃縁は締まる。この共通の文法の上に、各工はおのおのの差を置く。井上真改は華やかな乱れを焼かず、よくつんだ精美な地に浅いのたれを帯びた沸深き直刃を本領とし、相州の郷義弘への意図的な写しにその沸の妙味を尽くして、大坂正宗と称された。津田助広は波濤のごとくうねる濤瀾刃を創始し、真改の小沸の直刃と並んで両大関と仰がれる。一竿子忠綱は揃った長足の丁子に簾刃の濤瀾を交え、何にもまして真の倶利迦羅や鯉の滝上りを刻んだ一竿子彫をもって分かたれる。河内守国助の家は丁子の旗頭で、二代中河内は握り拳の頭を戴く拳形丁子を創始して新刀一文字と賞され、その弟肥後守国康や四男国輝もこの石堂の丁子と津田風の濤瀾を担った。越後守包貞は助広に倣う濤瀾に片山乱れと文珠の砂流しを通わせ、貞則は師真改の沸深き直刃をよく継いだ。共通するのは明るい匂口と直ぐの焼出し、異なるのは真改の沈める沸、助広の濤瀾、国助一門の丁子という、地の上に置かれた手の差である。 収集家が大坂新刀を求める理由は、鑑定の勘所が明快で、主要工の格が高いことにある。明るく冴える大坂鍛えと、刃を起こす直ぐの焼出しという二つの見どころは、地と刃のいずれにも紛れなく現れて工と作域を定める手懸りとなり、真改の沸深き郷写し、忠綱の一竿子彫、中河内の拳形丁子といった各工独自の標識が、そこに重なって名を分かつ。一門の作はおおむね在銘年紀で、銘そのものが時の標識となるため、由緒の確かさをもって賞翫される。真改や助広や忠綱の最上手は市に現れることが稀で、現れれば一頭地を抜く出来事となるが、包貞・国助・国康・国輝のごとき名手の在銘作は、辛抱をもって相応に相見え、大坂新刀へ分け入る手近な入口を提供する。来歴の知られる作は谷干城や山内家、皇室の蔵を経て近代に伝わり、美術刀剣としての魅力は、真改の沸と助広の濤瀾が後世の刀鍛冶に及ぼした影響とともに、商都大坂が新刀期に成し遂げた一個の到達を今に伝える。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトThree day, no penalty, inspection on every item. Returns must be in the same condition as shipped. Actual costs will be charged on returned items. No restocking fee. If you did not like the item is a good enough reason for return.
【盗難被害・無事回収】 粟田口忠綱 脇差 初代 (Rice CrackerのJohn Karata氏の協力により回収されました) 昨今の円安(1ドル148円)を受け、価格を改定いたしました。 種別:脇差 銘文:粟田口藤原忠綱(生茎、穴一) 造り:平造、庵棟、僅かに鳥居反り 長さ:一尺五寸二分(46.06 cm) 元幅:3.17 cm 重ね:6.9 mm 【解説】 沸出来、のたれ調の互の目丁子乱れ。匂口深く足入り、丁子の頭には微細な沸がつき、ぎふ等が見て取れます。地鉄は小木目肌詰み、細かな地沸つき、地景、棒映り立つなど明るく冴えた精良な肌合いです。 彫物は見事な出来映えで、製作当時の状態を彷彿とさせる健全さを保っています。 銀箔猪目透し元付ハバキ、白鞘入。 平成8年(1996年)8月7日付、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)特別保存刀剣鑑定書付。 鞘書は本阿弥光遜の折紙(花押)があり、昭和六年(1931年)の年紀が見られます。月日の筆致については判読が難しいため、詳細が分かる方がいらっしゃればご教示いただけますと幸いです(ページ下部に詳細画像あり)。 藤代義雄著『日本刀工辞典 新刀篇』にて上作、および和歌山山城著『懐宝剣尺』等で「妥当」とされる切味(和歌山氏の評価体系に基づく)。得能一男著『刀工大観』では550万円の評価。 2000年時点で、忠綱の重要刀剣指定品は42振を数えますが、年紀のない作品において初代・二代の判別は困難とされています。本作は一竿子忠綱の父である初代の作です。 初代忠綱は播州の出身で、粟田口国綱の末裔を称し、万治年間(1658-1661年)頃に大坂で活躍しました。二代に比べ、彫物のある作品は希少です。 地景、ぎふ、銀箔猪目ハバキ。 参照文献:『刀工大観』、『日本刀工辞典 新刀篇』、『新刀大観』第一・二巻。 NBTHK 特別保存刀剣鑑定書付。 (鞘書の年紀以降の判読について、情報をお持ちの方はぜひご連絡ください)






















新刀 · 摂津 · 1661-1688頃
刀剣大鑑 上位23%
現在3点販売中
新刀 · 摂津
現在73点販売中
大坂新刀は、商都大坂を本拠として江戸前期から中期にかけて興隆した摂津の一門である。その草創は京の堀川一門にあり、堀川国広の門に学んだ和泉守国貞、親国貞こと国貞と河内守国助とが、慶長十九年に師の没した後そろって大坂へ下り、この地に鍛刀の家を興した。国助は伝に伊勢国の出にして石堂の流れを汲み、堀川より受け継いだ枯れた肌合とともに、古備前を慕う石堂の丁子をこの地にもたらした。そこへ大和文殊系の包保・包道に承けた越後守包貞が摂州に居を構え、肥後菊池より出て井上真改の門を叩いた貞則のごとき遊歴の工も加わって、堀川と石堂と文殊の脈が大坂の地で一つの作域に結ばれていった。やがて親国貞の子真改、津田越前守助広、一竿子忠綱らがあらわれ、寛文・延宝・元禄の頃にこの一門は最も華やぐ。 一門の作風は、まず明るく冴える大坂鍛えに標識を持つ。鍛えはよくつんだ無地風の小板目で、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かにさかんに入り、鉄色は明るく潤う。その地の上に、刃区を直ぐに焼き出し、その上から己の刃文を起こすのが一門に通じる約束で、収集家のいう大坂焼出しである。匂口は終始深く明るく冴え、刃縁は締まる。この共通の文法の上に、各工はおのおのの差を置く。井上真改は華やかな乱れを焼かず、よくつんだ精美な地に浅いのたれを帯びた沸深き直刃を本領とし、相州の郷義弘への意図的な写しにその沸の妙味を尽くして、大坂正宗と称された。津田助広は波濤のごとくうねる濤瀾刃を創始し、真改の小沸の直刃と並んで両大関と仰がれる。一竿子忠綱は揃った長足の丁子に簾刃の濤瀾を交え、何にもまして真の倶利迦羅や鯉の滝上りを刻んだ一竿子彫をもって分かたれる。河内守国助の家は丁子の旗頭で、二代中河内は握り拳の頭を戴く拳形丁子を創始して新刀一文字と賞され、その弟肥後守国康や四男国輝もこの石堂の丁子と津田風の濤瀾を担った。越後守包貞は助広に倣う濤瀾に片山乱れと文珠の砂流しを通わせ、貞則は師真改の沸深き直刃をよく継いだ。共通するのは明るい匂口と直ぐの焼出し、異なるのは真改の沈める沸、助広の濤瀾、国助一門の丁子という、地の上に置かれた手の差である。 収集家が大坂新刀を求める理由は、鑑定の勘所が明快で、主要工の格が高いことにある。明るく冴える大坂鍛えと、刃を起こす直ぐの焼出しという二つの見どころは、地と刃のいずれにも紛れなく現れて工と作域を定める手懸りとなり、真改の沸深き郷写し、忠綱の一竿子彫、中河内の拳形丁子といった各工独自の標識が、そこに重なって名を分かつ。一門の作はおおむね在銘年紀で、銘そのものが時の標識となるため、由緒の確かさをもって賞翫される。真改や助広や忠綱の最上手は市に現れることが稀で、現れれば一頭地を抜く出来事となるが、包貞・国助・国康・国輝のごとき名手の在銘作は、辛抱をもって相応に相見え、大坂新刀へ分け入る手近な入口を提供する。来歴の知られる作は谷干城や山内家、皇室の蔵を経て近代に伝わり、美術刀剣としての魅力は、真改の沸と助広の濤瀾が後世の刀鍛冶に及ぼした影響とともに、商都大坂が新刀期に成し遂げた一個の到達を今に伝える。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトThree day, no penalty, inspection on every item. Returns must be in the same condition as shipped. Actual costs will be charged on returned items. No restocking fee. If you did not like the item is a good enough reason for return.