古美術刀剣 太刀:大和龍門(特別保存刀剣鑑定書付) 【解説】 概要 本作は、鎌倉時代後期(約700年前)の大和国(現在の奈良県)で栄えた名門、龍門(りゅうもん)派と極められた一口(ひとふり)です。 龍門派は、大和伝の中でも最古の流派であり、東大寺に仕えた千手院(せんじゅいん)派の別流と伝えられています。大和国龍門の地に居住したことからその名があり、代表的な工には龍門延吉が挙げられます。 大和千手院派について 奈良の東大寺境内にあった千手堂(千手観音を安置)に端を発し、寺院専属の職能集団として活動したのが千手院派です。平安時代後期(永保・嘉承年間)、名工・嘉行の子である行信が東大寺の供奉として仕え、寺院のための作刀を専らとしたのが始まりとされています。 大和五派 鎌倉時代から南北朝時代にかけて、大和国には千手院・尻懸(しっかけ)・当麻(たいま)・保昌(ほうしょう)・手掻(てがい)の五つの有力な流派が興り、これらは「大和五派」と総称されます。 当時の大和国は有力寺院が政治的・軍事的に大きな力を持ち、寺院間の抗争に備えるため、僧兵たちが用いる実戦的で強靭な武器を必要としていました。大和五派はこうした僧兵や武士の需要に応え、発展を遂げました。 大和物の特色は、精緻で美しい地鉄(じがね)と、気品ある直刃(すぐは)の調子にあります。本作においても、大和伝の真髄とも言える美しい肌立ちと直刃の焼出しが顕著に示されています。 太刀拵 本作は太刀として仕立てられ、格調高い太刀拵に収められています。太刀は平安時代から室町時代初期にかけて、主に騎馬武者が鎧を着用した際に用いられました。刃を下に向けて腰に吊るす「佩用(はいよう)」の様式をとるのが特徴で、これは地上にいる敵を馬上から素早く切り下ろすための合理的な形式です。 その華麗な外装は、武士にとっての社会的地位や権威の象徴でもありました。 鑑定について 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に認定されています。これは、保存状態が極めて良好であり、かつ美術品としての価値が特に高い真作の日本刀にのみ与えられる格付けです。 【刀身】 長さ(Nagasa):69.9 cm 反り(Sori):2.1 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造の模様。 地文(Jihada):鍛錬の過程で折り返し重ねられた鋼が描き出す表面の模様。 茎(Nakago):刀身の柄に収まる部分。 日本刀の茎には、赤錆を防ぐための「黒錆」が意図的に残されています。この錆色や経年変化は、刀剣鑑定において製作年代を特定するための極めて重要な指標となります。 【拵(外装)】 拵(Koshirae)とは、鞘、柄、鍔などを含めた日本刀の外装一式を指します。 縁頭(Fuchi-Kashira):柄の両端を保護し装飾する金具。 太刀拵においては、これらは「兜金(かぶとがね)」および「縁金物(ふちかなもの)」と呼ばれます。




















大和伝 · 大和
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千手院派は大和五派の中で最も発祥が古いとされ、奈良の若草山の西山麓、千手観音を祀る千手堂のある千手谷と呼ばれる地に在住した刀工の一群に発する。寺院に拠るその出自は単なる来歴ではなく、在銘作が総じて少ないという一派の性格の根にあって、これは千手院を含む大和の鍛冶が寺院の僧兵の需要に応えて作刀したためと解されている。古伝書は平安時代後期に行信、重弘の二名工があったと伝えるが、いずれも確実な遺例は未見であり、鎌倉時代初期には三字に「千手院」と切った太刀が現存する。門流は鎌倉時代から南北朝時代にかけて存続し、その間も有銘作は乏しく、それゆえ吉野郡龍門荘に住して龍門延吉と通称された延吉や、正安三年の年紀をもつ助光、文和の年紀を切った吉弘のごとき年紀の遺る工は、無銘極めの多いこの一派において格別の資料的重みを負う。地理的にも時代的にも幅広いその活動は、古千手院と後代の別を含みつつ、奈良の寺工という共通の土壌に立つ。 作風は地鉄に大和伝の語法がまず読まれる。板目を基本に大板目、杢目、流れ柾を交え、刃寄りに流れて柾がかり、総体に肌立ちごころとなって、地沸が厚くつき、地景が頻りに入る。淡い沸映りの立つものがあり、なかには延吉の備前寄りの手のごとく鮮明な乱れ映りを示すものもあって、映りの有無はこの一派を貫く変数である。刃文は直刃を基調とし、浅くのたれて小互の目、小丁子、小乱れを交え、刃縁にほつれ、打のけ、喰違刃、二重刃が現れ、刃中に小足が入り、金筋、砂流しが頻りにかかって、刃中にもまた柾が通う。匂口は明るく冴え、小沸がよくつく。帽子は直ぐに掃きかけて焼詰め、あるいは小丸に短く返る。同じ大和の基盤の上に二様の振幅が見られるのが特徴で、延吉や助光には備前気質を帯びた賑やかな丁子足の手と、映りの立たぬ大和色の濃い渋い直刃の手とが並び、吉弘に至っては相州物を想わせる強い沸と大乱れの華やかな出来と、浅くのたれた穏やかな直刃とが同工のうちに共存する。姿は鎬造、庵棟で、鎬幅が広く鎬が高いもの、腰反りが高く踏張りがあって中鋒ないし小鋒となるものなどが見られ、総じて古調を示す。 鑑定の勘所は、まず柾がかって流れる地鉄と、掃きかけ焼詰めの帽子の下にほつれ、喰違刃、二重刃の働く明るい直刃に置かれる。本阿弥家では古来、大和物のうちで賑やかに乱れているものに千手院の極めをあてる傾向があったと説明書は記し、この一派の極めの幅の広さを伝える。大和の内部にあって、千手院は同じ五派の手掻、尻懸、当麻、保昌と並び称されつつ別をなす。沸の働きと造込みでより明確に手を絞り込み得る当麻や、強い柾立つ無地の直刃に拠る保昌とは地刃の質において分かれ、より素朴な手掻とも映りや備前気質の加味の点で分かれる。主要工としては、一口の国宝の太刀に担われ大和初期の名として重きをなす延吉、年紀の基準作を東京国立博物館に伝えて在銘作のごく僅かな助光、地刃の変化が大和諸工中で最も大きいと評される吉弘がそれぞれ独立した手を示し、ほかにも長吉、吉行、助平、助延、助吉のごとき同族の工が諸書に名を連ねるが、その多くは総称的に千手院として伝わる。在銘の確かな作が世に出ることは稀であり、現存する遺品の大半は大磨上無銘の極めものであって、鎬の高い造込み、流れて柾がかる鍛え、明るい直刃のみからもその極めは首肯される。伝来は、龍門延吉の国宝太刀が後水尾天皇御料と伝え、堀子爵家や犬養毅、仙台伊達家、上杉家の旧蔵に納まる一口があるほかは、神社や公的機関に伝わるものを除けば多くは所在の知れぬ私蔵にあって、市場に現れることは少ない。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
古美術刀剣 太刀:大和龍門(特別保存刀剣鑑定書付) 【解説】 概要 本作は、鎌倉時代後期(約700年前)の大和国(現在の奈良県)で栄えた名門、龍門(りゅうもん)派と極められた一口(ひとふり)です。 龍門派は、大和伝の中でも最古の流派であり、東大寺に仕えた千手院(せんじゅいん)派の別流と伝えられています。大和国龍門の地に居住したことからその名があり、代表的な工には龍門延吉が挙げられます。 大和千手院派について 奈良の東大寺境内にあった千手堂(千手観音を安置)に端を発し、寺院専属の職能集団として活動したのが千手院派です。平安時代後期(永保・嘉承年間)、名工・嘉行の子である行信が東大寺の供奉として仕え、寺院のための作刀を専らとしたのが始まりとされています。 大和五派 鎌倉時代から南北朝時代にかけて、大和国には千手院・尻懸(しっかけ)・当麻(たいま)・保昌(ほうしょう)・手掻(てがい)の五つの有力な流派が興り、これらは「大和五派」と総称されます。 当時の大和国は有力寺院が政治的・軍事的に大きな力を持ち、寺院間の抗争に備えるため、僧兵たちが用いる実戦的で強靭な武器を必要としていました。大和五派はこうした僧兵や武士の需要に応え、発展を遂げました。 大和物の特色は、精緻で美しい地鉄(じがね)と、気品ある直刃(すぐは)の調子にあります。本作においても、大和伝の真髄とも言える美しい肌立ちと直刃の焼出しが顕著に示されています。 太刀拵 本作は太刀として仕立てられ、格調高い太刀拵に収められています。太刀は平安時代から室町時代初期にかけて、主に騎馬武者が鎧を着用した際に用いられました。刃を下に向けて腰に吊るす「佩用(はいよう)」の様式をとるのが特徴で、これは地上にいる敵を馬上から素早く切り下ろすための合理的な形式です。 その華麗な外装は、武士にとっての社会的地位や権威の象徴でもありました。 鑑定について 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「特別保存刀剣」に認定されています。これは、保存状態が極めて良好であり、かつ美術品としての価値が特に高い真作の日本刀にのみ与えられる格付けです。 【刀身】 長さ(Nagasa):69.9 cm 反り(Sori):2.1 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造の模様。 地文(Jihada):鍛錬の過程で折り返し重ねられた鋼が描き出す表面の模様。 茎(Nakago):刀身の柄に収まる部分。 日本刀の茎には、赤錆を防ぐための「黒錆」が意図的に残されています。この錆色や経年変化は、刀剣鑑定において製作年代を特定するための極めて重要な指標となります。 【拵(外装)】 拵(Koshirae)とは、鞘、柄、鍔などを含めた日本刀の外装一式を指します。 縁頭(Fuchi-Kashira):柄の両端を保護し装飾する金具。 太刀拵においては、これらは「兜金(かぶとがね)」および「縁金物(ふちかなもの)」と呼ばれます。




















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千手院派は大和五派の中で最も発祥が古いとされ、奈良の若草山の西山麓、千手観音を祀る千手堂のある千手谷と呼ばれる地に在住した刀工の一群に発する。寺院に拠るその出自は単なる来歴ではなく、在銘作が総じて少ないという一派の性格の根にあって、これは千手院を含む大和の鍛冶が寺院の僧兵の需要に応えて作刀したためと解されている。古伝書は平安時代後期に行信、重弘の二名工があったと伝えるが、いずれも確実な遺例は未見であり、鎌倉時代初期には三字に「千手院」と切った太刀が現存する。門流は鎌倉時代から南北朝時代にかけて存続し、その間も有銘作は乏しく、それゆえ吉野郡龍門荘に住して龍門延吉と通称された延吉や、正安三年の年紀をもつ助光、文和の年紀を切った吉弘のごとき年紀の遺る工は、無銘極めの多いこの一派において格別の資料的重みを負う。地理的にも時代的にも幅広いその活動は、古千手院と後代の別を含みつつ、奈良の寺工という共通の土壌に立つ。 作風は地鉄に大和伝の語法がまず読まれる。板目を基本に大板目、杢目、流れ柾を交え、刃寄りに流れて柾がかり、総体に肌立ちごころとなって、地沸が厚くつき、地景が頻りに入る。淡い沸映りの立つものがあり、なかには延吉の備前寄りの手のごとく鮮明な乱れ映りを示すものもあって、映りの有無はこの一派を貫く変数である。刃文は直刃を基調とし、浅くのたれて小互の目、小丁子、小乱れを交え、刃縁にほつれ、打のけ、喰違刃、二重刃が現れ、刃中に小足が入り、金筋、砂流しが頻りにかかって、刃中にもまた柾が通う。匂口は明るく冴え、小沸がよくつく。帽子は直ぐに掃きかけて焼詰め、あるいは小丸に短く返る。同じ大和の基盤の上に二様の振幅が見られるのが特徴で、延吉や助光には備前気質を帯びた賑やかな丁子足の手と、映りの立たぬ大和色の濃い渋い直刃の手とが並び、吉弘に至っては相州物を想わせる強い沸と大乱れの華やかな出来と、浅くのたれた穏やかな直刃とが同工のうちに共存する。姿は鎬造、庵棟で、鎬幅が広く鎬が高いもの、腰反りが高く踏張りがあって中鋒ないし小鋒となるものなどが見られ、総じて古調を示す。 鑑定の勘所は、まず柾がかって流れる地鉄と、掃きかけ焼詰めの帽子の下にほつれ、喰違刃、二重刃の働く明るい直刃に置かれる。本阿弥家では古来、大和物のうちで賑やかに乱れているものに千手院の極めをあてる傾向があったと説明書は記し、この一派の極めの幅の広さを伝える。大和の内部にあって、千手院は同じ五派の手掻、尻懸、当麻、保昌と並び称されつつ別をなす。沸の働きと造込みでより明確に手を絞り込み得る当麻や、強い柾立つ無地の直刃に拠る保昌とは地刃の質において分かれ、より素朴な手掻とも映りや備前気質の加味の点で分かれる。主要工としては、一口の国宝の太刀に担われ大和初期の名として重きをなす延吉、年紀の基準作を東京国立博物館に伝えて在銘作のごく僅かな助光、地刃の変化が大和諸工中で最も大きいと評される吉弘がそれぞれ独立した手を示し、ほかにも長吉、吉行、助平、助延、助吉のごとき同族の工が諸書に名を連ねるが、その多くは総称的に千手院として伝わる。在銘の確かな作が世に出ることは稀であり、現存する遺品の大半は大磨上無銘の極めものであって、鎬の高い造込み、流れて柾がかる鍛え、明るい直刃のみからもその極めは首肯される。伝来は、龍門延吉の国宝太刀が後水尾天皇御料と伝え、堀子爵家や犬養毅、仙台伊達家、上杉家の旧蔵に納まる一口があるほかは、神社や公的機関に伝わるものを除けば多くは所在の知れぬ私蔵にあって、市場に現れることは少ない。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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