鎬を立て反りを備えた太刀は、都の宮廷文化が爛熟をきわめる一方、地方において古典の姿を得た。注文主は平安の末を戦いで満たした軍事貴族であり、その刀はほとんど当初から家宝となった。
舞草(もぐさ)鍛冶は、平安中期に陸奥で起こった反乱討伐の前九年の役、五三年の役の後より、寛治元年(1087年)頃から奥州藤原氏の繁栄の元で、平泉で名工を輩出しており、古備前正恒の父も舞草鍛冶であったとという。舞草鍛冶には、在銘作が非常に少なく、在銘作が現存しているのは宝寿のみとなる。宝寿は、舞草鍛冶の代表工で、平安末期に源義経を育てた藤原秀衡のころ平泉で活躍した。この刀は、長巻直しで、鍛は、板目肌に、杢目交じり、地沸微塵につき、地景が入り、肌目に粕立つところがあるなど、宝珠ならではの地肌の見どころが伺える。刃文は、7cm程大きく焼き落とし、直刃調に、小互の目交じり、湯走り・二十刃かかり、足入り、小沸よくつき、金筋長く頻りにかかり、刃中良く働き、匂口潤みごころに明るく冴える。古研ぎとなり、長い時を経て肌立った所はあるが、二尺八寸六分の生ぶの侭の作刀時の姿を留める希少なもので、出来が良く、身幅3.4cm、重量も1,150gもある豪壮な迫力溢れる傑作刀である。


陸奥 · 1306-1308頃
現在2点販売中
平安時代
鎬を立て反りを備えた太刀は、都の宮廷文化が爛熟をきわめる一方、地方において古典の姿を得た。注文主は平安の末を戦いで満たした軍事貴族であり、その刀はほとんど当初から家宝となった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品発送後の返品・交換・キャンセルには、基本的に対応しておりません。商品に重大な瑕疵がある場合のみ、当サイトでご購入いただいた商品到着後3日以内であれば返品•交換が可能です。
舞草(もぐさ)鍛冶は、平安中期に陸奥で起こった反乱討伐の前九年の役、五三年の役の後より、寛治元年(1087年)頃から奥州藤原氏の繁栄の元で、平泉で名工を輩出しており、古備前正恒の父も舞草鍛冶であったとという。舞草鍛冶には、在銘作が非常に少なく、在銘作が現存しているのは宝寿のみとなる。宝寿は、舞草鍛冶の代表工で、平安末期に源義経を育てた藤原秀衡のころ平泉で活躍した。この刀は、長巻直しで、鍛は、板目肌に、杢目交じり、地沸微塵につき、地景が入り、肌目に粕立つところがあるなど、宝珠ならではの地肌の見どころが伺える。刃文は、7cm程大きく焼き落とし、直刃調に、小互の目交じり、湯走り・二十刃かかり、足入り、小沸よくつき、金筋長く頻りにかかり、刃中良く働き、匂口潤みごころに明るく冴える。古研ぎとなり、長い時を経て肌立った所はあるが、二尺八寸六分の生ぶの侭の作刀時の姿を留める希少なもので、出来が良く、身幅3.4cm、重量も1,150gもある豪壮な迫力溢れる傑作刀である。


陸奥 · 1306-1308頃
現在2点販売中
平安時代
鎬を立て反りを備えた太刀は、都の宮廷文化が爛熟をきわめる一方、地方において古典の姿を得た。注文主は平安の末を戦いで満たした軍事貴族であり、その刀はほとんど当初から家宝となった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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