粟田口派の国定は、二振の在銘太刀によって知られ、いずれも昭和十一年の同日に重要美術品に認定されている。説明はその位置を一文で示し、「国定は山城国粟田口派の刀工国延の弟子で、文永(一二六四~七五)頃に丹波に移住したと伝え、作風は粟田口派の伝統を受け継いでいる」と記す。
刃長二尺六寸八分の太刀は、その伝統をよく示す。鍛えは板目肌で地沸よくつき、刃文は直刃に小乱を交え、足・葉よく入り、二重刃ごころが交じる。説明は「一見さすがに京物らしい品格がある」と評する。
刃長二尺一寸八分のもう一振は、趣をやや異にする。説明は「この国定の刃文には綾小路定利風の丁子ごころ、また二重刃ごころがある」とし、二重刃ごころは前の太刀と通じ、丁子ごころは同じ京の定利の流れを想わせる。この太刀は「田安徳川家伝来という」と記され、「光山押形」などに所載される。
在銘作がこの二振に限られるため、国定は師の流派を通して読まれる。一振には京物らしい静かな直刃、一振には丁子ごころ、そして両者に共通して刃中の二重刃ごころがみられる。