國綱

Awataguchi Kunitsuna

評価作品14点

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特重巻 19, 番 1 · 刀

概要

粟田口国綱は鎌倉時代前期の京の工で、国友を長兄とする粟田口六人兄弟の末弟、藤六左近と称した。諸書は、後に北条氏の招きにより鎌倉に下向し、備前の国宗・助真とともに相州鍛冶草創の一人となったと伝える。同時にその遺例の乏しさをも記し、「現存する有銘確実なものは極めて少く、かの名物鬼丸国綱が代表的のもの」とする。銘は二字に「国綱」と切り、長大な大太刀には「鎌倉住藤六左近国綱」と切り「建長五年八月日」と年紀するものがあって、鎌倉期の唯一の年紀を伝える。

諸書は同工を一門の他工と截然と分かつ。粟田口物は一般に優美が真面目であるが、彼の姿態・鍛え・刃文は異色で、太刀姿は腰反り高く先で伏さらず、鍛えは板目が大きく肌立って地沸を厚く敷き、刃文は焼幅広く乱れに変化があって「刃沸が目立って強い」。「地刃がよく働く様は正に彼の真骨頂である」と評され、一般に優美な粟田口物に対し、その強い沸は、彼が草創に与ったと伝える相模の力強い作風へ傾く。

地は締まった粟田口の鋼に地沸・地景を厚く湛え、大板目に肌立ち、研溜より水影が立って地斑映り風の乱れ映りに繋がる。刃は直刃調の浅いのたれに小乱れ・丁子・小互の目を交え、太い足・葉が入り、匂深く刃中厚く沸づき、金筋頻りに、砂流しかかり、処々刃縁ほつれ、打のけ・湯走りを交える。帽子は穏やかな小丸に止まらぬことが多い。特別重要刀剣の太刀では「帽子直ぐに小丸に僅かに返り、先少しく掃きかける」とあり、金象嵌銘の刀では掃きかけて焼詰めごころとなり、ものによっては乱れ込んで尖りごころに返る。掃きかける沸崩れの先こそ肌立ちと並ぶ同工の見どころである。

諸書は同工に二様ありとする。粟田口風のものと、それとは趣を異にして「姿が剛壮で地がねの肌立った」ものとである。鬼丸は後者の剛健な出来に属し、現存の在銘太刀の多くは前者で、鍛えは細かな小板目に締まり、刃も静かな直刃調となって公家の伝統を色濃く残す。両様に通じる特色がある。目立つ刃沸、烈しい金筋・砂流し、乱れ映り、そして掃きかける帽子である。静かな太刀では匂口沈みごころとなり、強い沸と肌立ちは一般に優美な粟田口一門の中で彼を際立たせる。

名声の核は鬼丸国綱である。その後の伝来は権力の歴史そのもので、諸家を歴て皇室に納まり、御物・天下五剣の一つとしてほとんど人目に触れぬまま伝わる。これと並んで諸書は、西高辻子爵家旧蔵の特別重要刀剣、会津松平家旧蔵の重要美術品を挙げ、在銘の太刀三口が重要文化財として日枝神社・井伊谷宮・徳川美術館に蔵され、その目録は板目あるいは小板目に乱れあるいは小乱れとする。磨上無銘の刀に施された本阿弥光遜らの金象嵌・金粉の極めは、本阿弥家が国綱極めをいかに重んじたかを物語る。

収集の観点では、国綱は粟田口の名の中でも屈指の稀少である。藤代の極めは最上作、白眉は諸家の重宝として伝わり、土佐山内家は金象嵌銘の刀を、仙台伊達家は近衛基熙より受けた太刀を秘蔵した。特別重要刀剣・重要刀剣の級に八口、重要文化財に三口を数え、白眉たる鬼丸は御物として動かない。個人蔵の在銘国綱は、鎌倉初期の刀を学ぶ者が出会いを望みうる最も稀なものの一つであり、その稀少さこそ、新藤五国光から相州の系へと続いたと伝える彼の相模下りの重みを物語る。

栄誉

御番鍛冶Goban Kaji (Go-Toba's Imperial Forging Rotation)

粟田口六兄弟(拡張)

後鳥羽上皇が月番で召した刀匠の栄誉。承元〜承久年間(1208〜1221年頃)、御所に結番を作り月毎に作刀させた。流派横断の栄誉であり、各刀匠は本来の流派(粟田口・福岡一文字・古青江など)に属したまま本栄誉を持つ。NS-Gobankajiには上皇自身の菊御作のみが属する。

享保名物帳Kyōhō Meibutsu Chō (Catalog of Celebrated Blades)

所載(名物鬼丸国綱)

享保4年(1719年)、本阿弥家が八代将軍徳川吉宗に献上した名物刀剣の台帳。平安〜南北朝の刀剣約274口(現存168口+焼失約80口+追記約26口)を刀工別に収載し、号の由来・寸法・代付・伝来を記す。本栄誉は名物帳に作品が所載される刀工に付与され、詳細欄には刊行集計による口数(正確な場合)または所載名物の号を記す。

天下五剣Tenka Goken (Five Swords Under Heaven)

鬼丸国綱(御物)

天下五剣(童子切安綱・鬼丸国綱・三日月宗近・大典太光世・数珠丸恒次)の作者。五剣はいずれも享保名物帳に個別に所載されるが、「五剣」という括りの初出は文政11年(1828年)の写本『諸家名剣集』(「天下出群之名剣五振之内也」)。数珠丸の作者は古青江恒次(伝統的・指定上)と備前左近将監恒次(近年の研究)で見解が分かれ、両工に本栄誉を付して論点を記録する。

歴史的重要度

國綱の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。

随一
随一
屈指
屈指
有数
有数
著名
著名

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指定

国宝—
重要文化財3
重要美術品2
御物1
特別重要刀剣4
重要刀剣4

名工ランク

鑑定

年紀作

伝来

刀種

評価作品14点の分布

銘

評価作品14点の銘の種類

系譜

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  1. 1.吉光Yoshimitsu49指定
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  11. 11.國延Kuninobu1指定
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