流派伝
流派全体への無銘伝
966–1600
流派の歴史における様式の時期区分
伯耆物は山陰の伯耆国に興った刀工の一群であり、直刀から湾刀へと姿の移りゆく日本刀成立期の最古層に立つ。平安時代後期より鎌倉時代初期にかけて栄えた古い一派を古伯耆と総称し、安綱を中心として、その子と伝える大原真守、一門の有綱・貞綱・安家・真景らをこれに数える。なかでも安綱は湾刀初期を代表する名工であり、名物童子切安綱の作者として、その名は一段と高い。銘鑑はその活躍期を大同頃と伝えるが、現存作の作風からすれば年代は降り、三条宗近とほぼ同時代、平安後期の作者とみるのが妥当とされる。真守は伯耆の大原に住して父安綱とともに最古層を担い、有綱・貞綱・真景らがこれに続いた。さらに時代を降って、安綱一派の流れを汲むとみられる伯耆国宗が鎌倉初期に現れ、一派の手は鎌倉の世へと続いた。在銘作の比較的多く遺ることは、この古さの中にあってとりわけ特筆される。
作風は地鉄に本領がある。鍛えは板目に大板目・杢を交えて大模様に肌立ち、地沸が厚くつき、地景が入り、地斑を交えて地斑映りが立ち、鉄色は黒みがかる。その黒みの地の上に、直刃を基調として浅くのたれた沸厚い小乱れを焼き、小互の目・小丁子・小のたれを交え、足・葉入り、金筋・砂流しが頻りにかかって、匂口はうるみまたは沈みごころとなる。区上で焼を落とす焼落しを見せる作も少なくなく、帽子は直ぐに小丸または焼詰めとなり、しばしば掃きかける。太刀姿は細身で腰反り高く踏張りがつき、小鋒に結ぶ古調の体配をとどめ、先に行っての伏しごころが古備前物ほどには目立たない。これらの特色はそのまま、説明の上で常に古備前と対置される基軸をなす。一派の中での個々の見どころも記される。安綱の乱れが大模様であるのに対し、真守の乱れは小模様にまとまり、貞綱の優作には同派でも異例の垢抜けた明るい刃が見え、有綱は焼を低く取って沈む匂口に古さを示し、伯耆国宗は最上作の上半に二重刃・三重刃を重ねて貞綱を想わせる。後代・末伯耆に下るほど、この野趣ある古調はおのずと整えられてゆく。
鑑定の勘所は、まさに古備前および大和との別にある。一派の小乱れは同時代の古備前に通うが、仔細に鑑れば、肌立った板目、黒みがかる地鉄、地景・地斑、うるみ沈む匂口、頻りの金筋・砂流しによって、古備前の明るくつまる鉄と冴えた線から分かたれ、一段と地方的な野趣をもって読み戻される。前田家に伝来した無銘の安綱が一脈の大和ごころを帯びるように、大和との縁も鑑識の上に意識される。銘は佩表の棟寄りに大振りの二字銘を切り、安綱は「綱」の字を大きく右に寄せて切る手癖をもって知られ、その癖は他の古伯耆物にも及ぶ。真守はこれに対し太鏨でやや大振りの六字銘を切り、比較的長銘が多い。格としては安綱・真守を双璧とし、童子切をはじめ古伯耆を代表する太刀がその名に集まる。生ぶ在銘の太刀は極めて少なく、無銘古作の極めは自然と安綱・真守の手に読み戻される。伝来もまた重く、安綱の作は豊臣秀吉・徳川家康・徳川秀忠から越前松平家・島津家・佐竹家に及び、皇室にまで伝わって、伯耆の鉄が日本刀の黎明にあって果たした位置を今に語り伝えている。
98 指定 · 13 名工数
重み付け指定指数 0.78(指定 115 点)
流派中 上位9%
2026/6/17 時点
伝来記録のある作品 22 点
伝来指数 3.20(伝来 22 点)
流派中 上位19%
上位指定の希少度で順位付け
966–1600
流派の歴史における様式の時期区分
伯耆物は山陰の伯耆国に興った刀工の一群であり、直刀から湾刀へと姿の移りゆく日本刀成立期の最古層に立つ。平安時代後期より鎌倉時代初期にかけて栄えた古い一派を古伯耆と総称し、安綱を中心として、その子と伝える大原真守、一門の有綱・貞綱・安家・真景らをこれに数える。なかでも安綱は湾刀初期を代表する名工であり、名物童子切安綱の作者として、その名は一段と高い。銘鑑はその活躍期を大同頃と伝えるが、現存作の作風からすれば年代は降り、三条宗近とほぼ同時代、平安後期の作者とみるのが妥当とされる。真守は伯耆の大原に住して父安綱とともに最古層を担い、有綱・貞綱・真景らがこれに続いた。さらに時代を降って、安綱一派の流れを汲むとみられる伯耆国宗が鎌倉初期に現れ、一派の手は鎌倉の世へと続いた。在銘作の比較的多く遺ることは、この古さの中にあってとりわけ特筆される。
作風は地鉄に本領がある。鍛えは板目に大板目・杢を交えて大模様に肌立ち、地沸が厚くつき、地景が入り、地斑を交えて地斑映りが立ち、鉄色は黒みがかる。その黒みの地の上に、直刃を基調として浅くのたれた沸厚い小乱れを焼き、小互の目・小丁子・小のたれを交え、足・葉入り、金筋・砂流しが頻りにかかって、匂口はうるみまたは沈みごころとなる。区上で焼を落とす焼落しを見せる作も少なくなく、帽子は直ぐに小丸または焼詰めとなり、しばしば掃きかける。太刀姿は細身で腰反り高く踏張りがつき、小鋒に結ぶ古調の体配をとどめ、先に行っての伏しごころが古備前物ほどには目立たない。これらの特色はそのまま、説明の上で常に古備前と対置される基軸をなす。一派の中での個々の見どころも記される。安綱の乱れが大模様であるのに対し、真守の乱れは小模様にまとまり、貞綱の優作には同派でも異例の垢抜けた明るい刃が見え、有綱は焼を低く取って沈む匂口に古さを示し、伯耆国宗は最上作の上半に二重刃・三重刃を重ねて貞綱を想わせる。後代・末伯耆に下るほど、この野趣ある古調はおのずと整えられてゆく。
鑑定の勘所は、まさに古備前および大和との別にある。一派の小乱れは同時代の古備前に通うが、仔細に鑑れば、肌立った板目、黒みがかる地鉄、地景・地斑、うるみ沈む匂口、頻りの金筋・砂流しによって、古備前の明るくつまる鉄と冴えた線から分かたれ、一段と地方的な野趣をもって読み戻される。前田家に伝来した無銘の安綱が一脈の大和ごころを帯びるように、大和との縁も鑑識の上に意識される。銘は佩表の棟寄りに大振りの二字銘を切り、安綱は「綱」の字を大きく右に寄せて切る手癖をもって知られ、その癖は他の古伯耆物にも及ぶ。真守はこれに対し太鏨でやや大振りの六字銘を切り、比較的長銘が多い。格としては安綱・真守を双璧とし、童子切をはじめ古伯耆を代表する太刀がその名に集まる。生ぶ在銘の太刀は極めて少なく、無銘古作の極めは自然と安綱・真守の手に読み戻される。伝来もまた重く、安綱の作は豊臣秀吉・徳川家康・徳川秀忠から越前松平家・島津家・佐竹家に及び、皇室にまで伝わって、伯耆の鉄が日本刀の黎明にあって果たした位置を今に語り伝えている。
98 指定 · 13 名工数
重み付け指定指数 0.78(指定 115 点)
流派中 上位9%
2026/6/17 時点
伝来記録のある作品 22 点
伝来指数 3.20(伝来 22 点)
流派中 上位19%
上位指定の希少度で順位付け