説明

刃長62.6センチ 反り0.82センチ 元幅29.3ミリ 元重ね7.4センチ 物打幅21.9ミリ 物打重ね5.6ミリ 横手位置幅18.6ミリ 松葉先重ね4.5ミリ 裸身重量591グラム 江戸前期寛文頃(1661~) The early period of Edo era 昭和60年5月16日 東京都登録 附属 日本刀剣保存会鑑定書、素銅地金鍍金はばき、白鞘 武州下原派は現在の東京都八王子に住した永正頃の山本周重を初代とし、江戸時代後期にかけて山本一族十家を中心として、大いに繁栄した一派です。 特に「廣重」「周重」「康重」「照重」の四工が著名で、地鉄に渦を巻いたような肌(渦巻き肌の如輪杢)が表れるのが特色と言われています。 初代康重は初代周重の子で初銘を周重と切るが、北条氏康より康の字を給わり康重に改銘すると云われ、三代康重は山本内記と言い、二代藤左衛門康重の子あるいは孫と考えられています。四代以降は代々山本内記康重の名を襲名して明治に至る言われていますが、経眼される作品は殆どありません。 この刀は体配から四代康重の作と鑑せられる一刀で、姿は典型的な寛文新刀体配を示し、杢目肌に黒味を帯びた変わり鉄を交えた地鉄に、ふわりと柔らかい感じの直刃を焼き上げた作品です。 当店にて研磨を施しました。研ぎ上がったばかりの地刃の冴えを存分にお楽しみください。

武州下原住内記康重- Bushu Simohara ju Naiki Yasushige - 2-1267

武州下原住内記康重- Bushu Simohara ju Naiki Yasushige - 2-1267

¥385,000

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仕様

長さ

62.6 cm

反り

0.82 cm

元幅

2.93 cm

先幅

2.19 cm

流派について

Shitahara School下原派

下原派は武蔵国八王子の地に拠った刀工の一群で、室町末期に興り、以後江戸末期に至るまで作刀を続けた。古刀期の武蔵国を代表する鍛冶とされ、説示では周重・康重・照重・広重の四工を著名な工として挙げる。なかでも照重は康重・広重と並んで一派を代表する存在で、山本源二郎照重、山本与五郎康重のように山本姓を称した工も知られる。照重については銘鑑が初代を享禄、二代を永禄、三代を天正に充てており、永禄から天正の頃の作がもっとも時代の上がるものと鑑せられている。甲州の注文に応じて鍛えた薙刀も伝わり、地方を越えて求められた様子がうかがえる。 作風は末相州および村正一派の風に末関風を加味したものと説かれる。鍛えは板目に杢がしきりに交じって肌立ち、刃寄りが流れて綾杉風となり、渦を巻いたような肌があらわれる点に地がねの特色がある。刃文は湾れを基調に互の目が二つ三つ連れて尖り刃を交え、やや規則的に乱れて小沸がつき、砂流しのかかるものもある。帽子は乱れ込んで丸く返るものや先の尖って返るものがみられる。細かに肌立った杢目の地がねと、規則的に連れる互の目乱れにのたれを交えた刃文の組み合わせが、この一派を見分ける手がかりとなる。 鑑定にあたっては、肌立った地がねに綾杉風の流れと渦巻く肌があらわれること、互の目が規則的に連れて乱れる刃文の調子を要点とする。彫物では表に棒樋を掻き、倶利迦羅竜や不動、梵字を添えるものが多く、倶利迦羅竜の尾の巻き方に一派らしさが出るとされる。茎は栗尻に切鑢を施し、棟寄りに長銘を切るものが多い。室町末期の打刀や薙刀を代表する優品が重要刀剣に列せられており、照重の薙刀は両刃造という珍しい形状を伝える。武蔵国の在地鍛冶として実用に応えつつ、相州と関の風を併せ呑んだ独自の地刃を築いた点に、下原一派の位置づけがある。

刀剣商

刀心

shop.nihontou.jp

¥385,000

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