二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
初代國助は伊勢亀山の出身で、名を小林甚兵衛と称し、近江石堂系に属する実力派刀工です。堀川國廣の晩年の門人として学び、國廣没後は兄弟子・越後守國儔のもとでさらに技を磨きました。寛永二年(1625)には河内守を受領し、その後は大坂へ移住。和泉守國貞と共に大坂鍛冶の祖とされ、名工として高名を馳せました。さらに、長男・武蔵守國次、次男・二代河内守國助(中河内)、三男・肥後守國康、四男・伊勢守國輝と、子らも皆名工として知られ、一門としての実力は屈指の存在です。 初代國助の作は総じて数が少なく、良作は堀川一門でも上位に位置づけられる質の高さと評されます。銘は「河内守」をやや小さく、「藤原國助」を大きく切る特徴があり、晩年ほどその差が縮まる傾向が見られるなど、銘振りにも工房の変遷が表れています。 本槍は、両鎬造りで下部をわずかに絞り、立鼓をつけた凛々しい姿がまず目を惹く一筋です。現状では錆のため地刃の細部は鑑賞できないものの、透けて見える鍛えには、小板目がよく錬れて詰んだ精緻な地鉄が覗え、地沸がついて非常に美質。刃文は焼き幅広めの直刃調で、匂口に変化が見られ、國助一門らしい気品ある刃中の働きを感じさせます。 この槍は、適切な研磨を施すことで本来の美しさが見事に甦り、初代國助の名を冠するに相応しい価値を、あなたの手でさらに高めていただける一筋です。
取扱店 刀心
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江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
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