Stock number:WA-070326Paper(Certificate): [N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon TokenCountry(Kuni)・Era(Jidai): Settsu (Osaka)・Middle Edo period about 1684~Blade length(Cutting edge): 54.1cmCurve(SORI): 1.3cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.03cmThickness at the Moto-Kasane: 0.67cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.50cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmHabaki: One part, Gold foil HabakiSword tang(Nakago): Unaltered,Sujikai file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Length of Koshirae : about 76cmShape(Taihai): Shinogizukuri,Iorimune,Chu-kissakiJigane(Hada):Ko-itameTemper patterns(Hamon): Toran style O-gunome midareTemper patterns in the point(Bohshi): Sugu then komaru round tipRegistration Card: Tokyo【Additional Information】一竿子忠綱。初代忠綱の子であり、後に二代目となります。通称を万太夫、「一竿子」、「合勝軒」と号します。初期の作風は師伝である形の揃った丁子乱れを焼き、後年、越前守助広創始の濤瀾刃風の乱れ刃や大互の目乱れ、直刃なども焼いています。同工にあっては、新刀屈指の彫物の名手として著名であり、剣巻龍や梅木巻龍、玉追龍、毘沙門剣等、様々な図柄の刀身彫刻を刻します。本刀刃長が一尺七寸八分半と長さ十分で、身幅と重ね共に尋常、反りが適度に利いて、中切っ先がやや延びるごころとなる気品に満ちた刀姿を呈します。地鉄は小板目肌で、地沸厚くつき、地景細かに入るなどして、精美で潤いに溢れた肌合いを示します。刃文は直ぐに焼き出して、大互の目乱れを焼き、丁子や矢筈風の刃を交えて、濤瀾風となります。刃中に足よく入り、処々砂流しが掛かって働き、刃縁に沸が粒立ってついて沸匂深く、明るく冴えます。帽子は直ぐとなり、先小丸に返ります。茎は生ぶ、筋違鑢に仕立て、刀工銘を切ります。二代近江守忠綱(一竿子粟田口忠綱)の一口。総体に焼幅の広い、濤瀾風の大互の目乱れを焼いて、華麗な出来口を呈する同工の優品です。
在銘 · 江戸 · 長さ 54.1cm · 反り 1.3cm
































新刀 · 摂津 · 1661-1688頃
刀剣大鑑 上位23%
現在3点販売中
新刀 · 摂津
現在73点販売中
大坂新刀は、商都大坂を本拠として江戸前期から中期にかけて興隆した摂津の一門である。その草創は京の堀川一門にあり、堀川国広の門に学んだ和泉守国貞、親国貞こと国貞と河内守国助とが、慶長十九年に師の没した後そろって大坂へ下り、この地に鍛刀の家を興した。国助は伝に伊勢国の出にして石堂の流れを汲み、堀川より受け継いだ枯れた肌合とともに、古備前を慕う石堂の丁子をこの地にもたらした。そこへ大和文殊系の包保・包道に承けた越後守包貞が摂州に居を構え、肥後菊池より出て井上真改の門を叩いた貞則のごとき遊歴の工も加わって、堀川と石堂と文殊の脈が大坂の地で一つの作域に結ばれていった。やがて親国貞の子真改、津田越前守助広、一竿子忠綱らがあらわれ、寛文・延宝・元禄の頃にこの一門は最も華やぐ。 一門の作風は、まず明るく冴える大坂鍛えに標識を持つ。鍛えはよくつんだ無地風の小板目で、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かにさかんに入り、鉄色は明るく潤う。その地の上に、刃区を直ぐに焼き出し、その上から己の刃文を起こすのが一門に通じる約束で、収集家のいう大坂焼出しである。匂口は終始深く明るく冴え、刃縁は締まる。この共通の文法の上に、各工はおのおのの差を置く。井上真改は華やかな乱れを焼かず、よくつんだ精美な地に浅いのたれを帯びた沸深き直刃を本領とし、相州の郷義弘への意図的な写しにその沸の妙味を尽くして、大坂正宗と称された。津田助広は波濤のごとくうねる濤瀾刃を創始し、真改の小沸の直刃と並んで両大関と仰がれる。一竿子忠綱は揃った長足の丁子に簾刃の濤瀾を交え、何にもまして真の倶利迦羅や鯉の滝上りを刻んだ一竿子彫をもって分かたれる。河内守国助の家は丁子の旗頭で、二代中河内は握り拳の頭を戴く拳形丁子を創始して新刀一文字と賞され、その弟肥後守国康や四男国輝もこの石堂の丁子と津田風の濤瀾を担った。越後守包貞は助広に倣う濤瀾に片山乱れと文珠の砂流しを通わせ、貞則は師真改の沸深き直刃をよく継いだ。共通するのは明るい匂口と直ぐの焼出し、異なるのは真改の沈める沸、助広の濤瀾、国助一門の丁子という、地の上に置かれた手の差である。 収集家が大坂新刀を求める理由は、鑑定の勘所が明快で、主要工の格が高いことにある。明るく冴える大坂鍛えと、刃を起こす直ぐの焼出しという二つの見どころは、地と刃のいずれにも紛れなく現れて工と作域を定める手懸りとなり、真改の沸深き郷写し、忠綱の一竿子彫、中河内の拳形丁子といった各工独自の標識が、そこに重なって名を分かつ。一門の作はおおむね在銘年紀で、銘そのものが時の標識となるため、由緒の確かさをもって賞翫される。真改や助広や忠綱の最上手は市に現れることが稀で、現れれば一頭地を抜く出来事となるが、包貞・国助・国康・国輝のごとき名手の在銘作は、辛抱をもって相応に相見え、大坂新刀へ分け入る手近な入口を提供する。来歴の知られる作は谷干城や山内家、皇室の蔵を経て近代に伝わり、美術刀剣としての魅力は、真改の沸と助広の濤瀾が後世の刀鍛冶に及ぼした影響とともに、商都大坂が新刀期に成し遂げた一個の到達を今に伝える。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).
Stock number:WA-070326Paper(Certificate): [N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon TokenCountry(Kuni)・Era(Jidai): Settsu (Osaka)・Middle Edo period about 1684~Blade length(Cutting edge): 54.1cmCurve(SORI): 1.3cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.03cmThickness at the Moto-Kasane: 0.67cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.50cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmHabaki: One part, Gold foil HabakiSword tang(Nakago): Unaltered,Sujikai file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Length of Koshirae : about 76cmShape(Taihai): Shinogizukuri,Iorimune,Chu-kissakiJigane(Hada):Ko-itameTemper patterns(Hamon): Toran style O-gunome midareTemper patterns in the point(Bohshi): Sugu then komaru round tipRegistration Card: Tokyo【Additional Information】一竿子忠綱。初代忠綱の子であり、後に二代目となります。通称を万太夫、「一竿子」、「合勝軒」と号します。初期の作風は師伝である形の揃った丁子乱れを焼き、後年、越前守助広創始の濤瀾刃風の乱れ刃や大互の目乱れ、直刃なども焼いています。同工にあっては、新刀屈指の彫物の名手として著名であり、剣巻龍や梅木巻龍、玉追龍、毘沙門剣等、様々な図柄の刀身彫刻を刻します。本刀刃長が一尺七寸八分半と長さ十分で、身幅と重ね共に尋常、反りが適度に利いて、中切っ先がやや延びるごころとなる気品に満ちた刀姿を呈します。地鉄は小板目肌で、地沸厚くつき、地景細かに入るなどして、精美で潤いに溢れた肌合いを示します。刃文は直ぐに焼き出して、大互の目乱れを焼き、丁子や矢筈風の刃を交えて、濤瀾風となります。刃中に足よく入り、処々砂流しが掛かって働き、刃縁に沸が粒立ってついて沸匂深く、明るく冴えます。帽子は直ぐとなり、先小丸に返ります。茎は生ぶ、筋違鑢に仕立て、刀工銘を切ります。二代近江守忠綱(一竿子粟田口忠綱)の一口。総体に焼幅の広い、濤瀾風の大互の目乱れを焼いて、華麗な出来口を呈する同工の優品です。
在銘 · 江戸 · 長さ 54.1cm · 反り 1.3cm
































新刀 · 摂津 · 1661-1688頃
刀剣大鑑 上位23%
現在3点販売中
新刀 · 摂津
現在73点販売中
大坂新刀は、商都大坂を本拠として江戸前期から中期にかけて興隆した摂津の一門である。その草創は京の堀川一門にあり、堀川国広の門に学んだ和泉守国貞、親国貞こと国貞と河内守国助とが、慶長十九年に師の没した後そろって大坂へ下り、この地に鍛刀の家を興した。国助は伝に伊勢国の出にして石堂の流れを汲み、堀川より受け継いだ枯れた肌合とともに、古備前を慕う石堂の丁子をこの地にもたらした。そこへ大和文殊系の包保・包道に承けた越後守包貞が摂州に居を構え、肥後菊池より出て井上真改の門を叩いた貞則のごとき遊歴の工も加わって、堀川と石堂と文殊の脈が大坂の地で一つの作域に結ばれていった。やがて親国貞の子真改、津田越前守助広、一竿子忠綱らがあらわれ、寛文・延宝・元禄の頃にこの一門は最も華やぐ。 一門の作風は、まず明るく冴える大坂鍛えに標識を持つ。鍛えはよくつんだ無地風の小板目で、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かにさかんに入り、鉄色は明るく潤う。その地の上に、刃区を直ぐに焼き出し、その上から己の刃文を起こすのが一門に通じる約束で、収集家のいう大坂焼出しである。匂口は終始深く明るく冴え、刃縁は締まる。この共通の文法の上に、各工はおのおのの差を置く。井上真改は華やかな乱れを焼かず、よくつんだ精美な地に浅いのたれを帯びた沸深き直刃を本領とし、相州の郷義弘への意図的な写しにその沸の妙味を尽くして、大坂正宗と称された。津田助広は波濤のごとくうねる濤瀾刃を創始し、真改の小沸の直刃と並んで両大関と仰がれる。一竿子忠綱は揃った長足の丁子に簾刃の濤瀾を交え、何にもまして真の倶利迦羅や鯉の滝上りを刻んだ一竿子彫をもって分かたれる。河内守国助の家は丁子の旗頭で、二代中河内は握り拳の頭を戴く拳形丁子を創始して新刀一文字と賞され、その弟肥後守国康や四男国輝もこの石堂の丁子と津田風の濤瀾を担った。越後守包貞は助広に倣う濤瀾に片山乱れと文珠の砂流しを通わせ、貞則は師真改の沸深き直刃をよく継いだ。共通するのは明るい匂口と直ぐの焼出し、異なるのは真改の沈める沸、助広の濤瀾、国助一門の丁子という、地の上に置かれた手の差である。 収集家が大坂新刀を求める理由は、鑑定の勘所が明快で、主要工の格が高いことにある。明るく冴える大坂鍛えと、刃を起こす直ぐの焼出しという二つの見どころは、地と刃のいずれにも紛れなく現れて工と作域を定める手懸りとなり、真改の沸深き郷写し、忠綱の一竿子彫、中河内の拳形丁子といった各工独自の標識が、そこに重なって名を分かつ。一門の作はおおむね在銘年紀で、銘そのものが時の標識となるため、由緒の確かさをもって賞翫される。真改や助広や忠綱の最上手は市に現れることが稀で、現れれば一頭地を抜く出来事となるが、包貞・国助・国康・国輝のごとき名手の在銘作は、辛抱をもって相応に相見え、大坂新刀へ分け入る手近な入口を提供する。来歴の知られる作は谷干城や山内家、皇室の蔵を経て近代に伝わり、美術刀剣としての魅力は、真改の沸と助広の濤瀾が後世の刀鍛冶に及ぼした影響とともに、商都大坂が新刀期に成し遂げた一個の到達を今に伝える。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).