Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 南北朝時代後期から室町初期応永頃を活躍期とし、応永九年紀の脇差を遺す因州景長は、古書では鎌倉時代後期の粟田口吉正の弟子に始まると記しているが、この頃の年紀作はなく、製作の時代が確かな作は南北朝後期以降と推考されている(注)。作風は、古くは山城伝を基調としているとされ、南北朝時代には備前刀工の影響を強く受けて互の目出来の刃文を焼いており、本作にも備前の風合いが濃密に窺いとれる。


脇物 · 因幡 · 1362-1368頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位21%
脇物 · 因幡
因州景長は因幡国に興った刀工の系で、通称を因幡小鍛冶(因州小鍛冶)といい、説示はその初代を山城国粟田口吉正の弟子と伝える。来国俊の門人とする一説や、藤四郎吉光の門とする所伝もあり、いずれも山城伝の流れを汲むものとして語られている。初代の時代は嘉元頃と伝え、建長頃を初代とし二代を建武とする銘鑑の記載もあって、鎌倉時代末期より室町時代にかけて同名数工が相継いで景長を名乗った。説示が扱う作はこの初代の鎌倉最末期と目されるものから南北朝期、室町初期に及び、応永九年の年紀を有する太刀や脇指、大身槍を含む。現存する有銘作は太刀・短刀ともに極めて稀で、応永年紀の遺例も数口を見るにとどまり、槍に至っては他にほとんど類を見ない。銘には「因州住景長」の五字銘を主とし、なかには「千二浦住」「千二原住」と冠した珍しい例も伝わる。 作風は山城伝の直刃を本領とし、説示が繰り返し記すところでは、鍛えは板目肌に流れ肌を交え、刃寄りが流れて柾がかり、地沸が細かにつき、白けごころ(白気)をおびて映りの立つものがある。地鉄はやや弱いと評され、地斑映りが看取される一口は備前の雲類を思わせるとも記される。刃文は細直刃を得意とし、小沸がつき、ほつれ・打のけ・二重刃ごころ・喰違刃を交え、小足や逆足が入り、匂口は締まりまた沈みごころとなる。帽子は直ぐに小丸あるいは丸く返り、先を掃きかけ、尖るものもある。室町期に入ると伝統的な直刃のほかにのたれや互の目乱れの刃文も現れ、備前景光に手がかりを得たと思われる互の目を焼いた短刀もあって、作域に広がりを見せる。直刃に丸い帽子の調子は大和手搔を思わせる出来とも評される。見分けの要としては、佩表棟寄りに五字銘を切るのが掟であり、茎中央に銘を切る例外は注目される点として記される。 鑑定にあたっては、同名数代にわたって銘振りが続くため銘によって時代を判ずるのは至難とされ、説示は姿と地刃の古調の度合いによって制作期を測る。古調なものは鎌倉最末期、地斑映りを伴うものは南北朝期、匂口締まりのたれや互の目を交えるものは室町期と鑑せられている。代表的な遺品としては、折返銘の太刀や、応永九年紀を伴う脇指・太刀、平三角造の大身槍などが挙げられ、いずれも有銘作の少ない同工にあって貴重な基準作とされる。伝来の上では大磨上無銘ながら所伝を首肯すべき太刀もあり、「新版日本刀講座」や光山押形に所載を見る作も含まれる。応永の年紀を備えた作は室町期における景長の作風を研究するうえで資料的価値が高く、鎌倉末期に遡る古い遺例とともに、因幡の地に長く続いたこの系を知る手がかりとして位置づけられている。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 南北朝時代後期から室町初期応永頃を活躍期とし、応永九年紀の脇差を遺す因州景長は、古書では鎌倉時代後期の粟田口吉正の弟子に始まると記しているが、この頃の年紀作はなく、製作の時代が確かな作は南北朝後期以降と推考されている(注)。作風は、古くは山城伝を基調としているとされ、南北朝時代には備前刀工の影響を強く受けて互の目出来の刃文を焼いており、本作にも備前の風合いが濃密に窺いとれる。


脇物 · 因幡 · 1362-1368頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位21%
脇物 · 因幡
因州景長は因幡国に興った刀工の系で、通称を因幡小鍛冶(因州小鍛冶)といい、説示はその初代を山城国粟田口吉正の弟子と伝える。来国俊の門人とする一説や、藤四郎吉光の門とする所伝もあり、いずれも山城伝の流れを汲むものとして語られている。初代の時代は嘉元頃と伝え、建長頃を初代とし二代を建武とする銘鑑の記載もあって、鎌倉時代末期より室町時代にかけて同名数工が相継いで景長を名乗った。説示が扱う作はこの初代の鎌倉最末期と目されるものから南北朝期、室町初期に及び、応永九年の年紀を有する太刀や脇指、大身槍を含む。現存する有銘作は太刀・短刀ともに極めて稀で、応永年紀の遺例も数口を見るにとどまり、槍に至っては他にほとんど類を見ない。銘には「因州住景長」の五字銘を主とし、なかには「千二浦住」「千二原住」と冠した珍しい例も伝わる。 作風は山城伝の直刃を本領とし、説示が繰り返し記すところでは、鍛えは板目肌に流れ肌を交え、刃寄りが流れて柾がかり、地沸が細かにつき、白けごころ(白気)をおびて映りの立つものがある。地鉄はやや弱いと評され、地斑映りが看取される一口は備前の雲類を思わせるとも記される。刃文は細直刃を得意とし、小沸がつき、ほつれ・打のけ・二重刃ごころ・喰違刃を交え、小足や逆足が入り、匂口は締まりまた沈みごころとなる。帽子は直ぐに小丸あるいは丸く返り、先を掃きかけ、尖るものもある。室町期に入ると伝統的な直刃のほかにのたれや互の目乱れの刃文も現れ、備前景光に手がかりを得たと思われる互の目を焼いた短刀もあって、作域に広がりを見せる。直刃に丸い帽子の調子は大和手搔を思わせる出来とも評される。見分けの要としては、佩表棟寄りに五字銘を切るのが掟であり、茎中央に銘を切る例外は注目される点として記される。 鑑定にあたっては、同名数代にわたって銘振りが続くため銘によって時代を判ずるのは至難とされ、説示は姿と地刃の古調の度合いによって制作期を測る。古調なものは鎌倉最末期、地斑映りを伴うものは南北朝期、匂口締まりのたれや互の目を交えるものは室町期と鑑せられている。代表的な遺品としては、折返銘の太刀や、応永九年紀を伴う脇指・太刀、平三角造の大身槍などが挙げられ、いずれも有銘作の少ない同工にあって貴重な基準作とされる。伝来の上では大磨上無銘ながら所伝を首肯すべき太刀もあり、「新版日本刀講座」や光山押形に所載を見る作も含まれる。応永の年紀を備えた作は室町期における景長の作風を研究するうえで資料的価値が高く、鎌倉末期に遡る古い遺例とともに、因幡の地に長く続いたこの系を知る手がかりとして位置づけられている。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。