二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
栗原彦三郎昭秀全記録所載 昭和剣聖で剣術の神様 中山博道先生試斬 栗原彦三郎昭秀は栃木県阿蘇郡閑馬の里(現:佐野市)出身、元衆議院議員。早くより刀剣を好み、特に鍛錬に趣味を有し二代:将應に学ぶ。日本刀伝習所を赤坂氷川町の自宅庭内にもうけ笠間繁継などを招して師となし門下生指導の道を開く。門下生には、人間国宝である宮入昭平(行平)刀匠、天田昭次刀匠等はじめ多数いる。昭和十年、主催:日本刀伝習所、後援:文部省にて日本刀展覧会を開く。のち毎年これを開催することを務める傍機関誌として「日本刀」及び「日本趣味」を発刊する。刀匠、研磨師、鞘師などの隆盛をはかった斯界の功労者である。中山博道は栗原昭秀の最大の協力者で「昭和の剣聖」、「最後の武芸者」など評された剣豪。1957年(昭和32年)、全日本剣道連盟から初の「剣道十段」授与を打診されたが、十段制度に反対し、受け取らなかった。大日本武徳会(戦前の日本において、武道の振興、教育、顕彰を目的として活動していた財団法人)から史上初めて剣・居・杖の三道で範士号を授与された人物である。第二次大戦中は陸海軍からの依頼で一日に500振り以上の軍刀の試し斬りを行った。自身は200振りくらい持っていたが、出征する門人たちに贈呈したために、戦後はほとんど手元に残らなかった。本作は栗原昭秀渾身の一振りで阿部昭忠による彫物も見事である。試し切りを行った中山博道は切れ味が上々と評価している。付帯する共箱には故人間国宝 天田昭次箱書がある。栗原彦三郎昭秀全記録にも所載されている。






















Tochigi · 1926-1989頃
刀剣大鑑 上位95%
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昭和から現代へ 断絶と再生
二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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