江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
日本刀 銘 武蔵守藤原兼中(越前住) 特別保存刀剣鑑定書付属 【解説】 本作は江戸時代初期に活躍した武蔵守藤原兼中(むさしのかみ ふじわら かねなか)による一振りです。茎(なかご)の裏には、越前国(現在の福井県)にて制作されたことを示す銘が刻まれています。 兼中は、美濃国(現在の岐阜県)を代表する名工、孫六兼元の末裔と伝えられています。慶長8年(1603年)に生まれ、天和年間(1681-1684年)まで存命した長命な刀工でした。 当初は美濃で活動していましたが、万治・寛文年間(1658-1673年)頃には越前へ移り、作刀を行いました。また、江戸で作刀した記録も残されています。本作は越前住銘があることから、今から約340年から370年ほど前に打たれたものと推測されます。 江戸時代の越前国は、徳川将軍家の親藩である越前松平家が治め、非常に栄えた土地でした。武士たちからの需要が高かったため、各地から腕利きの刀工が移り住みました。 その中でも兼中のように美濃から移住した工匠は多く、彼らは「越前関」と呼ばれ重宝されました。「武蔵守」という受領名は、当時優れた技量を持つ刀工にのみ許された名誉ある称号であり、兼中の技量がいかに高く評価されていたかを物語っています。 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)より「特別保存刀剣」に認定されています。これは、保存状態が極めて良く、かつ美術的価値が高い真作の日本刀にのみ与えられる格調高い鑑定書です。 【刀身】 長さ(Nagasa):74.0 cm 反り(Sori):1.5 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地鉄(Jihada):鍛錬の過程で現れる鋼の表面模様 茎(Nakago): 日本刀の持ち手にあたる部分です。刀工はあえて茎に黒錆を残すことで、柄内部での赤錆の発生を防ぎました。この茎の錆色は長い年月を経て形成されるものであり、専門家が制作年代を特定する際の重要な指標となります。 【外装(拵)】 拵(Koshirae)は日本刀の外装一式を指し、鞘、柄、鍔などの諸工作で構成されます。 縁頭(Fuchi-Kashira): 柄の両端を保護し装飾する金具です。 本作の縁頭には、荒波の中を泳ぐ龍の姿が描かれ、龍の髭には金の色絵が施されています。日本では古来より龍を水神として崇める信仰があり、龍と波の組み合わせは刀装具の意匠として非常に好まれました。この躍動感あふれる構図は、当時の武士たちに深く愛されたことでしょう。また、龍は雲と共に描かれることも多くあります。稲作文化において水は不可欠な資源であり、雨をもたらす雲と、そこに住まうとされる龍の組み合わせは、吉祥の象徴として尊ばれてきました。 縁の側面に「後藤仙乗」という銘があります。仙乗は、後藤家七代顕乗の四男として知られる名工です。 柄・目貫(Tsuka / Menuki): 柄は刀の握り部分、目貫はその中に据えられる装飾金具です。 目貫のモチーフも縁頭と同様に龍が選ばれています。当初は全体に金の色絵が施されていたと思われ、体をくねらせる龍の力強い姿が表現されています。龍は神話や伝承に登場する想像上の生物ですが、古来より瑞獣(吉兆の印)とされてきました。その姿は「九似(きゅうじ)」と呼ばれ、角は鹿、頭は駱駝、目は鬼、項は蛇、腹は……


















越前 · 1681-1684頃
刀剣大鑑 上位76%
現在3点販売中
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
日本刀 銘 武蔵守藤原兼中(越前住) 特別保存刀剣鑑定書付属 【解説】 本作は江戸時代初期に活躍した武蔵守藤原兼中(むさしのかみ ふじわら かねなか)による一振りです。茎(なかご)の裏には、越前国(現在の福井県)にて制作されたことを示す銘が刻まれています。 兼中は、美濃国(現在の岐阜県)を代表する名工、孫六兼元の末裔と伝えられています。慶長8年(1603年)に生まれ、天和年間(1681-1684年)まで存命した長命な刀工でした。 当初は美濃で活動していましたが、万治・寛文年間(1658-1673年)頃には越前へ移り、作刀を行いました。また、江戸で作刀した記録も残されています。本作は越前住銘があることから、今から約340年から370年ほど前に打たれたものと推測されます。 江戸時代の越前国は、徳川将軍家の親藩である越前松平家が治め、非常に栄えた土地でした。武士たちからの需要が高かったため、各地から腕利きの刀工が移り住みました。 その中でも兼中のように美濃から移住した工匠は多く、彼らは「越前関」と呼ばれ重宝されました。「武蔵守」という受領名は、当時優れた技量を持つ刀工にのみ許された名誉ある称号であり、兼中の技量がいかに高く評価されていたかを物語っています。 本作は、公益財団法人 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)より「特別保存刀剣」に認定されています。これは、保存状態が極めて良く、かつ美術的価値が高い真作の日本刀にのみ与えられる格調高い鑑定書です。 【刀身】 長さ(Nagasa):74.0 cm 反り(Sori):1.5 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地鉄(Jihada):鍛錬の過程で現れる鋼の表面模様 茎(Nakago): 日本刀の持ち手にあたる部分です。刀工はあえて茎に黒錆を残すことで、柄内部での赤錆の発生を防ぎました。この茎の錆色は長い年月を経て形成されるものであり、専門家が制作年代を特定する際の重要な指標となります。 【外装(拵)】 拵(Koshirae)は日本刀の外装一式を指し、鞘、柄、鍔などの諸工作で構成されます。 縁頭(Fuchi-Kashira): 柄の両端を保護し装飾する金具です。 本作の縁頭には、荒波の中を泳ぐ龍の姿が描かれ、龍の髭には金の色絵が施されています。日本では古来より龍を水神として崇める信仰があり、龍と波の組み合わせは刀装具の意匠として非常に好まれました。この躍動感あふれる構図は、当時の武士たちに深く愛されたことでしょう。また、龍は雲と共に描かれることも多くあります。稲作文化において水は不可欠な資源であり、雨をもたらす雲と、そこに住まうとされる龍の組み合わせは、吉祥の象徴として尊ばれてきました。 縁の側面に「後藤仙乗」という銘があります。仙乗は、後藤家七代顕乗の四男として知られる名工です。 柄・目貫(Tsuka / Menuki): 柄は刀の握り部分、目貫はその中に据えられる装飾金具です。 目貫のモチーフも縁頭と同様に龍が選ばれています。当初は全体に金の色絵が施されていたと思われ、体をくねらせる龍の力強い姿が表現されています。龍は神話や伝承に登場する想像上の生物ですが、古来より瑞獣(吉兆の印)とされてきました。その姿は「九似(きゅうじ)」と呼ばれ、角は鹿、頭は駱駝、目は鬼、項は蛇、腹は……


















越前 · 1681-1684頃
刀剣大鑑 上位76%
現在3点販売中
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.