徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
俊胤(としたね)は江戸の石堂運壽是一に学び、丹後宮津藩本庄家に仕えた。同地には大慶直胤門で、嘉永頃活躍した八木沢忠蔵正俊がおり、また直胤自身も駐鎚している。俊胤の匠名には「胤」が入っており、あるいは直胤にも師事したものではなかろうか。


丹後 · 1848-1864頃
刀剣大鑑 上位77%
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江戸時代
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
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