1876年の廃刀令は帯刀を終わらせ、工芸そのものを死の淵に追った。軍の需要と皇室の庇護が命脈を保ち、1906年には月山貞一と宮本包則が帝室技芸員に任じられている。
宮本包則は嘉永四年横山祐包に入門して作刀を学び、独立後は因州池田家に仕えた。有栖川宮熾仁親王の知遇を得て明治天皇の御剣、伊勢神宮の宝刀、正倉院の宝剣などを手掛け、明治三十九年には帝室技芸員を拝命した月山貞一と並ぶ近代の名手。 本作は茎に「贈為赤星平馬君中山博道」とあり、武徳会藩士も務めた剣豪中山博道より三菱地所初代社長赤星陸治の長男赤星平馬の守刀として贈られたことがわかる。


伯耆 · 1861-1864頃
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明治 廃刀令ののち
1876年の廃刀令は帯刀を終わらせ、工芸そのものを死の淵に追った。軍の需要と皇室の庇護が命脈を保ち、1906年には月山貞一と宮本包則が帝室技芸員に任じられている。
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