二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
Stock No:SKA-030123Paper(Certificate): [N.B.T.H.K] Hozon TokenCountry(Kuni)・Period(Jidai): Kumamoto・Showa eraBlade length(Cutting edge): 69.0cmCurve(SORI): 2.0cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.47cmThickness at the Moto-Kasane: 0.85cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.65cmThickness at the Saki-Kasane: 0.65cmSword tang(Nakago): Kiriyasuri file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Registration Card: Kumamoto【Additional Information】福岡県を出身とする盛高家の歴史は古く、鎌倉時代 永仁頃(1293)、宝満山の金剛兵衛源盛高が系譜の始まりだとされます。本工 盛高靖博は、明治四十一年(1908)に熊本県八代市に生まれ、本名を盛高良夫といいます。金剛兵衛源盛高二十五代目に当たり、高等小学校(現在の中学1・2年頃)卒業と同時に家業の鍛冶職に従事します。刀剣展にて入選、優秀賞など受賞多数で、同工の鍛えた刀は、よく斬れて折れないと評価も高く、昭和二十九年(1945)、若干三十六歳で現代刀工の番付にて「西の横綱」に列せられる刀工となりました。戦後は現役を引退し、後継者育成に尽力し、昭和五十七年(1982)に歿します。本刀含め金剛兵衛の刀の茎は「卒塔婆」の形に作られ、「斬られた者が安らかに成仏するように」と願いが込められていると云われます。本作体配は、刃長が二尺二寸六分強で、身幅広く、重ね厚く確りとし、反りが適度に利いて、ふくらやや枯れ心の中切っ先となる豪壮で力強い刀姿となります。地鉄は板目肌が流れ心で、地沸よく付き、肌目に沿って地景が入る鍛となります。焼刃は沸出来で、湾れ調子の互の目刃文です。刃中には処々砂流し、金筋が入るなどして盛んに働きます。帽子は掃きかけて先小丸へ浅く返ります。茎は卒塔婆形の茎尻に切鑢目で、刀工銘を刻します。本作、手に持ってズシリと重量感があり、地刃の出来も力感があって上々の金剛兵衛源盛高の優品です。白鞘、金鍍金二重はばき。保存刀剣鑑定書。




肥後 · 1908-1982頃
昭和から現代へ 断絶と再生
二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).