江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
Stock No:KA-120424Paper(Certificate): [N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon TokenCountry(Kuni)/Period(Jidai): Mino(Gifu), Middle edo period about 1661~Blade length(Cutting edge): about 64.6cmCurve(SORI):about 0.8cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.26cmThickness at the Moto-Kasane: 0.73cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.50 cmThickness at the Saki-Kasane: 0.50 cmHabaki: Two parts, Gold plated HabakiSword tang(Nakago): Unaltered,Sujikai file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Length of Koshirae : about 99cmShape(Taihai): Shinogizukuri, Iorimune, Chu-kissakiJigane(Hada): ItameTemper patterns(Hamon): Hiro-suguha with NotareTemper patterns in the point(Bohshi): Sugu then hakikake round tipRegistration Card: Tokyo 1951【Additional Information】丹波守藤原照門は宗九朗といい、美濃伝関七流の善定家に属し、俗名を善定惣右衛門と称しました。初銘は兼門で、善定家の頭領であった氏房が名古屋に移住すると、後を継いで関鍛冶の鍛冶頭を務めました。新撰組局長の近藤勇の愛刀としても知られる丹波守藤原照門は万治頃の関を代表する刀工です。はじめ丹波大掾を任官し、万治二年に丹波守を受領すると同時に照門と改銘しました。当時照門はなかなかの人気工であったため、於関善定作之のほか、武州於江戸以南蛮鉄作之 、於桑名以地金下作之など、各地に出向いて作刀したことが遺作の茎に刻されて残ります。照門を名乗ったのは一代限りで次代からは兼門銘に復し、その銘は現代まで続きます。本刀、刃長が二尺一寸三分。身幅元先でやや幅差付き、重ね尋常、反り浅く、中切っ先となる寛文新刀姿の一口です。地鉄はよく練れた板目肌で、地沸よく付き、精強な鍛を呈します。焼刃は沸出来の広直刃で、処々湾れ調子となります。総体刃縁に荒沸が付き、匂口爛々と明るく冴えます。また一部刃縁から沸が零れるなど、力感がこもった出来を示します。帽子はそのまま直ぐで先掃きかけて返ります。茎は時代の錆味が風合い良く現れ、勢いのある鏨使いで銘が切られます。本作は美濃伝関七流善定家、関鍛冶頭領であった丹波守藤原照門の一作。沸を強く出した出来口で、荒々しさの中に野趣を感ぜられる上々の御刀です。白鞘、金鍍金二重はばき、茶石目地塗鞘打刀拵、特別保存刀剣鑑定書。








美濃 · 1658-1661頃
藤代 上作 · 刀剣大鑑 上位63%
現在1点販売中
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).