鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 保存刀装具[N.B.T.H.K]Hozon Tousougu 江戸時代、京都で活躍した常直作縁頭の保存刀装具指定作品。常直は京の三名工に数えられる一宮長常の高弟であり、姓は岩本、蟠竜軒と号し貞中とも銘した。左義長とは正月に行われる火祭りのひとつで、正月の松飾りを集め14日の晩方ないしは15日の朝にそれを焼くのが一般的な方式である。この火は神聖な火とされ,餅や団子を焼いて食べたり,灰を体にまぶしたりすると健康になるという。子供たちが前夜からわらなどで小屋を造ってここで飲食をともにして遊び,最後に火を燃やす例もある。社寺の境内、道祖神のそばや河原などで行われる。トンド、ドンドンヤキ、サイトウ、ホッケンギョなどさまざまによばれており、古く平安時代からあり、今なお広く行われている。







江戸
山城
在銘
保存 (NBTHK)
町彫 · 山城
現在3点販売中
町彫 · 山城
現在10点販売中
一宮派は、京都を拠点とする町彫金工の一流であり、その祖は一宮長常(一宮長常)である。長常は享保六年(一七二一)越前敦賀に生まれ、柏屋忠八と称した。初め鍍金師(滅金師)として金属加工の基礎を修めた後、京に上り、後藤系の保井高長に師事して彫金の技を学んだ。初期には「雪山」と銘し、のちに「長常」と改名、「含章子」と号した。さらに絵画を円山応挙の師である石田幽汀に学び、この円山派の写生修練が一宮派の作風を決定づける知的基盤となった。長常は五十歳のとき越前大掾を受領し、天明六年(一七八六)六十六歳で歿した。門下の工人は「長」あるいは「常」の字を名に冠する慣例に従い、一宮の名を継承している。 一宮派の作風は、後藤流の金工技法と京都画壇の写生的感性との融合に特色がある。長常は後藤流の高彫にも堪能であったが、平象嵌に片切彫を併用する技法によって一門の名声を確立した。代表的な地金は四分一磨地であり、その上に強弱抑揚のある鏨を走らせ、しなやかで絵画的な線描を展開する。着色は金・銀・赤銅・素銅・四分一による平象嵌を要所にのみ施し、地金の美しさを一層際立たせる抑制された用法が特徴である。目貫などの立体的作品では素銅地に容彫を用い、表裏で地金を替えた「昼夜地」仕立てとすることもある。雪山銘期の鐔には真鍮焼き手腐らかし地に鋤出高彫と象嵌色絵を施した力強い作域が見られ、初期から晩年にかけての技法的展開の幅広さを示している。構図においては表から裏へ、あるいは小柄の側面から棟にかけて図柄を連続させ、観者に裏側への連想を誘う巧みな画面構成が一貫して認められる。題材は関羽・黄石公張良・馬師皇・養由基といった中国故事の人物画から、亀・蝸牛・蝦蟇・獅子などの写生的動物図、さらに鵜匠と童・元禄人物盆踊など風俗画にまで及び、下絵の段階における対象物への卓越した観察力が繰り返し説示に称えられている。 長常の金工史上における位置は、説示に繰り返し引用される「東の宗珉、西の長常」[[c:2]]の称辞に端的に示されている。さらに鉄元堂正楽・大月光興とともに「京都金工の三傑」と称えられ、京町彫の最高峰の一人として揺るぎない評価を得ている。説示は一貫して「名工長常の面目躍如」[[c:3]]「長常の確かな力量」[[c:4]]「卓越した画力とそれを具現化する彫技」と賛辞を重ね、その写生に根ざした描写力と精巧堅実な彫技との統合を高く評価している。福禄寿図小柄は「名工長常の面目躍如たる小柄」[[c:5]]と評され、海の幸図目貫は「西の横綱と評された長常の面目躍如と言うべき傑作」[[c:6]]と讃えられている。四神霊獣図鐔に添えられた「閑彫之」の銘は、注文仕事の合間に長常自らの好みで仕上げた入念作であることを示し、作者の矜持を今に伝えている。雪山銘期の雄渾な鋤出高彫から、円熟期の抑制された平象嵌片切彫に至るまで、一宮派の遺品群は、江戸時代中期の町彫金工の最高水準を体現する作域の広さと技術的完成度を証している。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様都合による返品は作品到着後二日以内にお申し出ください。※お品物に手を加えた物等は対応できません※返品送料はお客様のご負担となります※お品代以外の費用(振込手数料、代引手数料等)は返金できません。※お届け先が海外の場合は返品や返金は出来ません
鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 保存刀装具[N.B.T.H.K]Hozon Tousougu 江戸時代、京都で活躍した常直作縁頭の保存刀装具指定作品。常直は京の三名工に数えられる一宮長常の高弟であり、姓は岩本、蟠竜軒と号し貞中とも銘した。左義長とは正月に行われる火祭りのひとつで、正月の松飾りを集め14日の晩方ないしは15日の朝にそれを焼くのが一般的な方式である。この火は神聖な火とされ,餅や団子を焼いて食べたり,灰を体にまぶしたりすると健康になるという。子供たちが前夜からわらなどで小屋を造ってここで飲食をともにして遊び,最後に火を燃やす例もある。社寺の境内、道祖神のそばや河原などで行われる。トンド、ドンドンヤキ、サイトウ、ホッケンギョなどさまざまによばれており、古く平安時代からあり、今なお広く行われている。







江戸
山城
在銘
保存 (NBTHK)
町彫 · 山城
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町彫 · 山城
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一宮派は、京都を拠点とする町彫金工の一流であり、その祖は一宮長常(一宮長常)である。長常は享保六年(一七二一)越前敦賀に生まれ、柏屋忠八と称した。初め鍍金師(滅金師)として金属加工の基礎を修めた後、京に上り、後藤系の保井高長に師事して彫金の技を学んだ。初期には「雪山」と銘し、のちに「長常」と改名、「含章子」と号した。さらに絵画を円山応挙の師である石田幽汀に学び、この円山派の写生修練が一宮派の作風を決定づける知的基盤となった。長常は五十歳のとき越前大掾を受領し、天明六年(一七八六)六十六歳で歿した。門下の工人は「長」あるいは「常」の字を名に冠する慣例に従い、一宮の名を継承している。 一宮派の作風は、後藤流の金工技法と京都画壇の写生的感性との融合に特色がある。長常は後藤流の高彫にも堪能であったが、平象嵌に片切彫を併用する技法によって一門の名声を確立した。代表的な地金は四分一磨地であり、その上に強弱抑揚のある鏨を走らせ、しなやかで絵画的な線描を展開する。着色は金・銀・赤銅・素銅・四分一による平象嵌を要所にのみ施し、地金の美しさを一層際立たせる抑制された用法が特徴である。目貫などの立体的作品では素銅地に容彫を用い、表裏で地金を替えた「昼夜地」仕立てとすることもある。雪山銘期の鐔には真鍮焼き手腐らかし地に鋤出高彫と象嵌色絵を施した力強い作域が見られ、初期から晩年にかけての技法的展開の幅広さを示している。構図においては表から裏へ、あるいは小柄の側面から棟にかけて図柄を連続させ、観者に裏側への連想を誘う巧みな画面構成が一貫して認められる。題材は関羽・黄石公張良・馬師皇・養由基といった中国故事の人物画から、亀・蝸牛・蝦蟇・獅子などの写生的動物図、さらに鵜匠と童・元禄人物盆踊など風俗画にまで及び、下絵の段階における対象物への卓越した観察力が繰り返し説示に称えられている。 長常の金工史上における位置は、説示に繰り返し引用される「東の宗珉、西の長常」[[c:2]]の称辞に端的に示されている。さらに鉄元堂正楽・大月光興とともに「京都金工の三傑」と称えられ、京町彫の最高峰の一人として揺るぎない評価を得ている。説示は一貫して「名工長常の面目躍如」[[c:3]]「長常の確かな力量」[[c:4]]「卓越した画力とそれを具現化する彫技」と賛辞を重ね、その写生に根ざした描写力と精巧堅実な彫技との統合を高く評価している。福禄寿図小柄は「名工長常の面目躍如たる小柄」[[c:5]]と評され、海の幸図目貫は「西の横綱と評された長常の面目躍如と言うべき傑作」[[c:6]]と讃えられている。四神霊獣図鐔に添えられた「閑彫之」の銘は、注文仕事の合間に長常自らの好みで仕上げた入念作であることを示し、作者の矜持を今に伝えている。雪山銘期の雄渾な鋤出高彫から、円熟期の抑制された平象嵌片切彫に至るまで、一宮派の遺品群は、江戸時代中期の町彫金工の最高水準を体現する作域の広さと技術的完成度を証している。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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