江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
日本刀 刀:大和守藤原宣貞(保存刀剣鑑定書付) 【解説】 本作は、江戸時代初期の寛永年間(1624-1644年)に肥後国(現在の熊本県)で活躍した大和守藤原宣貞(やまとのかみ ふじわらののぶさだ)による一振りです。宣貞は名門「延寿」派の末流として知られ、その銘は二代にわたって受け継がれました。二代宣貞が元禄年間(1680-1709年)に活動していることから、本作は初代の手によるものと推測されます。初代宣貞は豊前国(現在の大分県)でも作刀したと伝えられ、肥後細川藩の御抱え鍛冶として仕えました。名君として名高い細川家の抱えであった事実は、彼の技術が極めて高く評価されていた証であり、江戸初期の藩士たちのために数多くの名刀を鍛え上げました。その卓越した技量により、朝廷より「大和守」の受領銘を授かっています。 「延寿派」とは 延寿(えんじゅ)は、鎌倉時代末期から南北朝時代(13世紀後半〜14世紀)にかけて肥後国で繁栄した名門派閥です。山城国(現在の京都府)の来国行の孫とされる国村(くにむら)を始祖としています。 当時、肥後で勢力を誇っていた菊池氏の第十代当主・菊池武房が、元寇(1274年、1281年の蒙古襲来)に備え、対蒙古戦に耐えうる強靭な刀剣を求めて、国村とその門下を山城から招いたのが始まりとされています。以来、国村一族は菊池氏の御抱え鍛冶として、その繁栄を支えました。 延寿派の鍛冶は、その多くが名に「国」の字を冠しました。また、後世に名を馳せる「同田貫」派もこの延寿の末流にあたります。延寿の血脈は江戸時代を通じて脈々と受け継がれ、その歴史は500年以上に及びました。 南北朝という動乱の時代、延寿派は戦場に赴く武士たちのために、実戦に即した高品質な刀を打ち続けました。また、「延寿」という名は「寿命を延ばす」という言葉に通じることから、大変縁起が良いものとして、大名家や武士の間で贈答品としても重宝されました。 本刀は、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「保存刀剣」に鑑定されています。これは、美術品としての価値が認められ、保存状態が良好な真作の日本刀であることを証明するものです。 ※刀身に数箇所、目に付く鍛え傷(きたえきず)がございます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 【刀身諸元】 長さ(Nagasa):72.8 cm 反り(Sori):1.3 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地鉄(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 切先(Kissaki):刀身の先端部分 茎(Nakago):柄に収まる持ち手部分。日本の刀工は、赤錆を防ぐために茎に生じる黒錆をあえて残します。
Certificate reading — 銘 大和守藤原宣貞

























肥後 · 1624-1644頃
刀剣大鑑 上位76%
現在2点販売中
宣貞の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
$7,774
日本刀 刀:大和守藤原宣貞(保存刀剣鑑定書付) 【解説】 本作は、江戸時代初期の寛永年間(1624-1644年)に肥後国(現在の熊本県)で活躍した大和守藤原宣貞(やまとのかみ ふじわらののぶさだ)による一振りです。宣貞は名門「延寿」派の末流として知られ、その銘は二代にわたって受け継がれました。二代宣貞が元禄年間(1680-1709年)に活動していることから、本作は初代の手によるものと推測されます。初代宣貞は豊前国(現在の大分県)でも作刀したと伝えられ、肥後細川藩の御抱え鍛冶として仕えました。名君として名高い細川家の抱えであった事実は、彼の技術が極めて高く評価されていた証であり、江戸初期の藩士たちのために数多くの名刀を鍛え上げました。その卓越した技量により、朝廷より「大和守」の受領銘を授かっています。 「延寿派」とは 延寿(えんじゅ)は、鎌倉時代末期から南北朝時代(13世紀後半〜14世紀)にかけて肥後国で繁栄した名門派閥です。山城国(現在の京都府)の来国行の孫とされる国村(くにむら)を始祖としています。 当時、肥後で勢力を誇っていた菊池氏の第十代当主・菊池武房が、元寇(1274年、1281年の蒙古襲来)に備え、対蒙古戦に耐えうる強靭な刀剣を求めて、国村とその門下を山城から招いたのが始まりとされています。以来、国村一族は菊池氏の御抱え鍛冶として、その繁栄を支えました。 延寿派の鍛冶は、その多くが名に「国」の字を冠しました。また、後世に名を馳せる「同田貫」派もこの延寿の末流にあたります。延寿の血脈は江戸時代を通じて脈々と受け継がれ、その歴史は500年以上に及びました。 南北朝という動乱の時代、延寿派は戦場に赴く武士たちのために、実戦に即した高品質な刀を打ち続けました。また、「延寿」という名は「寿命を延ばす」という言葉に通じることから、大変縁起が良いものとして、大名家や武士の間で贈答品としても重宝されました。 本刀は、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「保存刀剣」に鑑定されています。これは、美術品としての価値が認められ、保存状態が良好な真作の日本刀であることを証明するものです。 ※刀身に数箇所、目に付く鍛え傷(きたえきず)がございます。詳細なコンディションについては、お気軽にお問い合わせください。 【刀身諸元】 長さ(Nagasa):72.8 cm 反り(Sori):1.3 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地鉄(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鋼の表面模様 切先(Kissaki):刀身の先端部分 茎(Nakago):柄に収まる持ち手部分。日本の刀工は、赤錆を防ぐために茎に生じる黒錆をあえて残します。
Certificate reading — 銘 大和守藤原宣貞

























肥後 · 1624-1644頃
刀剣大鑑 上位76%
現在2点販売中
宣貞の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
$7,774