吉次は、備中国青江派に属する刀工である。銘鑑によれば南北朝時代の貞和(1345~1350)頃に活動したとされる。青江派は、備中国子位や万寿の地で作刀し、鎌倉時代中期頃までを古青江、それ以降南北朝期にかけてを青江と大別する。青江派の作風は、匂口の締まった直刃と、南北朝時代最盛期の延文頃に完成された逆丁子乱れの二様がある。
吉次の作風は、折返銘の作例ながら身幅広く中切先の豪壮な姿を示す。鍛えは小板目詰み、地斑が現れる。刃文は互の目出来で、やや小沸づいた小乱に砂流しがかかる。大磨上無銘で吉次と極められた作例では、身幅広く大切先の豪壮な姿となり、鍛えは板目約み、地斑が現れる。刃文は匂出来で小沸づいた直刃に足が入る。青江の特色として、小板目肌がよく錬れてつんだ精緻な鍛えに、地沸が微塵につき、地景が細かに入ることが挙げられる。また、地には鮮明な乱れ映りが立ち、刃寄りには二重三重に筋状の映りを形成したいわゆる段映りの態を見せる。さらに、地斑状の肌合が看て取れる点も特徴である。
吉次の刀は、姿と地刃の出来から南北朝時代の青江の特色を示すものと鑑せられる。ただし、青江の個銘の極めについては賛否がある。総じて、幅広・大鋒の堂々とした豪壮な体配と、地刃の様相から、制作年代は南北朝期の延文・貞治頃と鑑せられるものが多い。